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#8

流氷が紡ぐ命の巡り
(1/3)

  • スノーシュー
  • 流氷
  • 知床国立公園
  • 自然の循環

撮影:木本 日菜乃
文:櫻井 卓

今年も流氷がやってきた。

流氷は知床における生命の循環のキモだ。
いま眼前で白く輝く、まるで雪原のような流氷は、春の訪れとともに溶け出す。

日本的には北の果てだが、オホーツク海としてみれば最南端。流氷が来る場所としては世界でもっとも緯度が低く、温暖なのだ。春の強い日差しによって流氷が溶けるという希有な場所。

その際に、流氷に閉じ込められていたアイスアルジーと呼ばれる植物性プランクトンをはじめ、アムール川から運ばれてきた無機塩類などの養分も海へと流れ出す。その植物性プランクトンを食べる動物性プランクトンが大量発生し、サケ(マス)の食事となり、それを狙ってアザラシなどの海獣もやってくる。オジロワシ、オオワシなどの鳥類にとってもご馳走だ。そして産卵のために川を遡上したサケがヒグマのお腹を満たし、産卵を終えて死んだサケも、小動物から微生物までさまざまな生き物の養分となる。それらの排泄物が森を育て、豊かな循環の輪を作る。

そういった大枠の理屈は、公益財団法人 知床自然大学院大学設立財団の中川 元 さんから事前に伺っていた。流氷、そしてそれが支える野生動物たちの循環を辿るように、知床を旅するのが今回の目的だ。

知床の生態系は流氷、もっと言えばはるか北、アムール川流域から始まる。
さまざまな要素が奇跡的に揃っているから成立しているという背景があるので、いろんな立場の人の目線を借りて多角的にみる必要がある。

ウトロで長年漁師として生きてきた古坂彰彦さんによれば、かつての流氷は10m以上盛り上がっていたという。だがいまはせいぜい1m。明らかに減少している。気象庁の調査でも、年による上下動はあるものの、1970年代から常に右肩下がりだ。

いま見ている氷で埋め尽くされた真っ白な海は、もしかすると当たり前じゃなくなってしまう風景なのだ。

「海が変わるとすべてが変わってしまう。世界遺産になった理由も海と陸が一体になった複合生態系があったから。それを支えているのが流氷です」と中川さんが教えてくれる。

いまでは観光地的にも大賑わいだし、流氷の上を歩くアクティビティも大人気だ。ただ、流氷と知床の生態系の関係にきちんと目を向けている観光客は思いのほか少ないように感じる。

まずは象徴的なサケから行こう。
知床の川を遡上するのは、シロザケ、カラフトマス、サクラマスだ。

気温が氷点下15度まで下がった、知床らしい冬の朝。森 高志さんの案内でサクラマスの稚魚を見に行く。森さんは斜里町役場の水産林務課に勤める、いわばサケの現場を見ている人。「こういう浅いところにいるんです。見えますか?」と指差す先には、メダカくらいのサイズのサクラマスの稚魚が元気よく泳いでいる。すでに一丁前にサクラマスの形をしているのが微笑ましい。

この稚魚たちが来年の春には海へと泳ぎだし、数年間にわたるの海での生活を経て立派に成長し、産卵のため、ふたたび知床の川に帰ってくる。海から川へと栄養分を運ぶ。知床の生命の輪にとって欠かすことのできない存在だ。

いまは漁協と協力して、サケの自然産卵を増やす取り組みをおこなっている。これは孵化事業のためにもなることだという。

「野生で生まれる魚はやはり相当厳しい環境で育ちます。だから弱い個体は淘汰されて強い個体が生き残る。その強い野生児の卵が孵化事業にも使われることになるので、そちらの個体もおのずと強くなっていくはずです。いろんな取り組みをバランスよくやることがいまは大事だと思っています」

「ぜひ、100平方メートル運動地の川も見てみてください」という森さんの言葉に背中を押されるように、ウトロの先。森へと向かう。

ヒグマ、オジロワシ、オオワシ、シマフクロウ、シャチ。知床には生態系の頂点にたつ生き物がたくさんいる。それを支えているのが豊かなサケなのだ。サケが減ると、とうぜん頂点にいるものは食べるものに困る。

だから、頂点を保護したいのであれば、それを支える土台からみていかないといけない。その最たるものがサケであり、河川だ。

スノーシューを履き、ガイドの寺山 元さんとともに、雪深いイワウベツ川沿いへと分け入っていく。ここは「100平方メートル運動」というトラスト活動によって、保全・復元されてきた場所の一部でもある。一度人間の手によって破壊されてしまった野生を、人間の努力で復元しようとするさまざまな取り組みがされている。100年後、200年後を見据えた活動で、始まりは1977年に遡る。かなり先駆的な取り組みだ。

森の復元が中心だが、それだけではなく、生態系の再生にも力を入れている。だからとうぜんサケが遡る河川もその対象になる。森さんが見て欲しいと言っていた場所でもある。

赤イ川が合流するあたりで、寺山さんが足を止める。

「このあたりでは川を自然な形に戻すという取り組みもしています」

具体的には川幅を広げることで、流れの弱いトロ場と、流れの強い瀬、そして淵が生まれるようにした。さらに道路に並行するようにストレートな流れに変えられていた場所を、蛇行をするように、そこにある岩などを使って変えていく。ようは自然河川の姿に戻すという取り組みだ。人間の手で一度変えられてしまった川を、人間の手でふたたび自然の川に戻す。
川を自然の状態に戻していけば、サケの産卵環境も改善できるという。不要なダムの撤去など、他の地域ではなかなか見ない動きもある。
過ちを過ちとして認めることの大切さを感じる場所だ。

「原生に戻すといっても、人間がいないという状況にはもうならないわけですから、正解がなかなかわからない。ただ、みんながいろんな方向からあれこれ考える、ということがなにより大事だと思います」

サケが上がってくる秋には、さまざまな川で魚道整備もおこなっている。堰などで遡上が困難になった場所に人工的な通り道を作って、サケが帰ってくることができるようにするという活動だ。
先ほどの森さんを中心にした役場関係者、ボランティア団体、そして漁協の若手。さまざまな立場の人が、一緒になって知床の資源であるサケを守ろうとしているのだ。

残念ながらいまの科学技術では自然と直接対話することは不可能だ。どうするのがベストなのかは、人間が自分自身で考えなければならない。
人間が手を入れてしまったのだから、最後まで責任をもって手を入れ続けるか。逆に人間の介入をいっさいやめて自然の治癒能力に委ねるという考え方もある。
とても難しい選択だ。
だが、手付かずの自然が多く残されている北米などとは違い、知床はすでに人間が自然に深く入り込んでいる土地だ。おそらくは前者が適している。

People

取材に協力してくれた人たち

公益財団法人 知床自然大学院大学設立財団

中川 元

元・知床博物館館長。40年以上にわたって知床の自然を見続けている。専門は猛禽類など鳥類の生態と保護管理で、生物多様性保全に関する著作や啓発活動を続けている。財団が毎年開催する「知床ネイチャーキャンパス」には全国から多くの受講生が参加している。

ウトロ漁協

古坂 彰彦

長年ウトロで定置網漁を営む有限会社協和漁協部代表。知床の海を知り尽くした人物として知られ、海難救助の面でも貢献している。2022年にはウトロに魚料理店「OYAJI」もオープン。

斜里町役場 水産林務課

森 高志

役場職員として、サケ・マスの資源維持や回復などに力を注いでいる。講演会に登壇する機会も多く、サーモンたかしという別名で子供向けのイベントなどにも出演している。

フリーランス・ガイド

寺山 元

ネパール、チベット、モンドルなど僻地専門の旅行会社に勤務したのち、2006年1月から知床財団に。2019年から一般社団法人知床しゃりの事務局長をつとめ、2024年にフリーランスのガイドとして活動を開始。北海道ひがしトレイルの整備にも協力している。