#1
箱根の今と昔を感じる
旧東海道の旅
(1/2)
- 寄木細工
- 富士箱根伊豆国立公園
- 旧東海道
撮影:木本日菜乃
文:櫻井 卓
石畳の森を抜け、
寄木細工の里へ
小雨が降る中、人気のない石畳の道をゆっくりと登っていく。 富士箱根伊豆国立公園の中。箱根の旧東海道と呼ばれる場所だ。現在、東海道といえば国道1号線をさすが、およそ400年前、江戸時代にはこちらが本道だった。 随所に現れる石畳の中には、復元されたものだけではなく、江戸時代から現存するものもある。長年、さまざまな旅人に踏まれたその石畳は角が取れ、苔がむし、艶々ととても美しい。その変わり、見た目を裏切らない滑りやすさだが、最新のシューズよりもむしろ江戸時代の人が履いていた草鞋のほうがグリップが効くというから、江戸の知恵、侮りがたし。 ちなみに、この石畳が整備される前は、ドロドロで歩きにくいことこの上なく、数多くの旅人を苦しめていた難所だったという。当面はそのあたりに生えている竹を敷き詰めて整備していたのだが、当然ながらすぐにダメになってしまう。その都度敷き直すという作業をなくすために、重たい石を運び敷き詰めた。この石畳は江戸時代の人々の血と汗の賜物なのだ。 目線を上げれば、周囲の植生もおどろくほど豊かだ。さまざまな種類の木々が折り重なるように生えていて、自分と木々との距離が近く感じられる。

箱根湯本駅から2時間ほど歩くと、唐突に集落が現れる。 畑宿(はたじゅく)。その起源は戦国時代までさかのぼることができ、伝統工芸品の箱根寄木細工の発祥の地でもある。寄木、の名前のとおり、様々な種類の樹木を圧着し、鉋で削ることで美しい模様を生み出す。 若手の寄木細工職人である清水勇太さんの工房「るちゑ」にお邪魔すると、木の良い香りと美しい寄木細工が出迎えてくれた。

するりと生み出される一片の美しい木片。ズクと呼ばれるそれを手にすると、清水さんが使われている木の種類をひとつずつ丁寧に教えてくれる。 「ここは、ケヤキ。こっちがエンジュ、そしてトウヘンボク。どれもこのあたりの森に生えている木ばかりですよ」 国立公園となった現在では、地元の木材を使うことはしていないが、箱根の自然と永らく共生してきた伝統工芸なのだ。これまで歩いてきた道にも生えていた木々だが、寄木細工というものを通じて箱根の森の豊かさを知ることで、その後の森歩きがより深みを増してくる。森を見る目が変わってくるのだ。 森の中で、先ほど購入した寄木細工の栞を取り出してみると、光によって表情がさまざまに変わることに気付く。森の木々が寄木の中で生きている。

時刻はちょうどお昼どき。畑宿で長年旅人のお腹を満たしてきた、「桔梗屋」という蕎麦屋さんで昼食をとることにする。名物はざるとろ。山芋たっぷりのざるそばで、地元産の生卵が付いた、疲れた体に優しい味。空腹に任せて大盛りを注文したら、びっくりするくらいの大盛りっぷり。 「祖母の頃からこのボリュームなんです。とにかくお腹いっぱいになってもらいたいからって」 3代目となる店主の鈴木貫十さんがすこし照れくさそうに言う。 満腹になったお腹をさすりながら、ふと近くにあった看板を見ると「七曲り」「猿滑坂」、さらには「追込坂」という恐ろしげな地名が連続する。 どうやらここから先は、急登が待っているらしい。 急登に備えて保冷ボトルから水を一口飲む。先ほど立ち寄った旅館「豊栄荘」でいただいたもので、オーナーである原健一郎さんは「箱根寄人(よせびと)プロジェクト」の発起人。各所で旅人に箱根の美味しい水を無償で提供するというサービスだ。 「箱根に暮らす人間と旅行者の距離を縮めたかったんです。それこそ旧東海道では当たり前だった、おもてなしの気持ちも含めて」 水の提供はきっかけでしかない。住人と旅人の交流を促したいという気持ちから始まったプロジェクトだ。 人の温かさとともに、箱根の水が体に染み渡る。



