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#14

厳しい自然が育んだ
豊かさに関する5つの視点 (1/5)

  • #修験道
  • #出羽三山神社
  • 磐梯朝日国立公園

撮影:木本日菜乃
文:櫻井 卓

出羽三山、朝日連峰、飯豊連峰、吾妻連峰、磐梯山、猪苗代湖までの広大な範囲におよぶ磐梯朝日国立公園。その中でも今回フォーカスしたのは出羽三山。古くから羽黒修験という自然崇拝があり、独自の食文化や生活の知恵もまた、自然によって育まれてきた。古来からの日本がいまなお色濃く残っている場所とも言える。

今回は5人の異なる視点を通じて、出羽三山の自然の厳しさ、そして豊かさを紐解いていきたい。

これからの修験のかたち

出羽三山神社で神職を務め上げ、現在は先祖代々営んできた宿坊「明光院」を継いでいる吉住登志喜さん。
光順という山伏名を持つ修験者でもある。
鎌倉時代から宿坊を営む家に生まれ、彼ですでに30代目だという名家ながら、守るだけではない伝統の残し方を模索する柔軟性をあわせもつ人物だ。
雪が積もり、静謐さを増した出羽三山神社の参道。
大小の末社に一礼をしながら吉住さんとゆっくりと歩く。いまも修験者が禊(みそぎ)を行うという祓川を過ぎると、立派な杉林の隙間にスッと五重塔が佇んでいる。自然に馴染むように設計された建築。羽黒修験の姿勢をよく体現しているとも言える。

「羽黒修験の特色は、人々の生活に根ざした泥臭さにあると私は思っています。宗教的な側面よりも、人々が生きていくための糧になる。そういう側面が強いように思います。
あくまでも私の意見ですが、羽黒修験は一宗教に留まらず、日本の精神文化を繋いできたものと捉えています。自然崇拝という古来からの精神文化があり、修験道はその恵みを得るための媒体としての役割。根本にあるのは自然なんです。自然に対して畏敬の念や感謝の気持ちを持たなければいけませんよ、ということを伝えていく事が修験の根本にあるのです。アウトドアに親しんでいる方々なら感じていると思うんですが、山は山のもの、なんです。自然に対する謙虚さを持つ、ということですね。「滝行」という修行はその最たるものです。滝の力に抗おうとしても無理です。それを受け入れることで、自然もまた受け入れてくれます」

「近年は、AIなどの登場もあって、頭でっかちになりすぎていて心で感じる余裕がない。それを一度リセットする術として修験道を体験する事が役に立つはずです。修験道というのは、自然のありがたさや、人間が本来持っている力を取り戻すための一手段です。修験と聞くと、どうしてもハードルが高いように感じる人も多いかもしれません。私としてはそうした壁をどんどん取り払いたいですね。もっとシンプルに、ただ、自然の中に入って深呼吸するだけで良いんです。そこに宗教を超えた、人それぞれの「何か」を感じることができると私は思っています」

「この場所を好きになると云うことが重要です。出羽三山の羽黒山にある鏡池も、もともとはそういう場所だったはずです。ここに来るとなんだか心が落ち着くとか、心地良いとか。それが大切にしたいという気持ちになり、だんだんと信仰というものになってきた。そういうことだと思います。今日も若い方たちがけっこう居ましたよね。なんとなく来てみて、気持ちの良い場所だなあと感じてもらえれば、それで良いんです」

「そのためには、やはり根本である自然を守っていく必要があります。温暖化の影響なのか、このあたりでもゲリラ豪雪のようなことが起こるようになっていたり、雪解けが早かったりします。その影響で水の流れがかわり、山が崩れたりしています。神社の境内の杉の木も、これまでは雪の重みに耐えていたのですが、ゲリラ豪雪とそのあとの気温上昇による雨で、雪が重くなった影響で折れてしまうということが起こっています。
今こそ、修験道が守ってきた自然崇拝の意識が必要なんではないでしょうか。個々人がきちんと危機感をもって対応していけば、まだ間に合うと私は思っています。そういう意識を持ってもらう場所として、出羽三山神社も機能していくべきですね。一部の修験者だけのものではなく、もっと一般の方にも修験道を学びやすいようにしていく。教義経典を残すという事も大切ですが、根本である自然を残すためにどう動いていくかが、これからの修験道のあり方だと考えています」

「この庄内というエリアは、いまだに新幹線も走っていない、高速道路もぎりぎり。ある意味、ずっと陸の孤島だったわけです。だから自然や伝統を守りやすかった。ただ、便利になればなるほど、そうしたものは守りにくくなってきます。そことどう折り合いを付けるか。
ここでは12月31日に、松例祭という羽黒修験「冬の峰」の火祭りが行われているんですが、年々協力者が減っています。古い形式に囚われすぎず、地元の人に限らず参加者を広く求めるのもひとつの手なのではないか、と私は思います。続けることこそが意味のあること。やめてしまうと元に戻りませんから」

「この出羽三山が50年後にどうなっていて欲しいか」という質問に対して吉住さんは「人々に認められる山ではなく、人々が来たくなる山」と答えた。
修験に興味を持つということは、自然に興味を持つこと。逆もまたしかり。切り離して考えるべきではない。
「400年前にこの地を整備し、いまに残してくれた先人達に“さぁ、お前たち、どうやって未来に繋げていくんだ”と問いかけられている気がします」と吉住さんは言葉を重ねる。

帰り際、吉住さんが嬉しそうにお守りを購入していた。
「今日は午の日でしたね。午年の午の日、12年に1度しかないお守りをお頒(わ)けしてますから。縁起いいですよ」
そう言われると、つい釣られて欲しくなってしまった。なにごとも柔らかさが必要。吉住さんの立ち振る舞いを見ていると、そんな風に思う。

People

取材に協力してくれた人たち

羽黒山山麓修験 宿坊 明光院

吉住 登志喜さん / 山伏名(光順)

國學院大学卒業後、静岡の神社で神職として勤めたのち、出羽三山神社に勤務。企画広報室長を長く務め、信仰のみに拘ることなく、観光を通して出羽三山のファンになってもらうことを目標に活動。又、禰宜(ねぎ)として神社祭事の総括を務め、現在は鎌倉時代から出羽三山で宿坊を営む明光院の30代目として、修験道をいまに繋ぐさまざまな活動をしている。庄交トラベルにも籍を置き、主にインバウンドの受け入れに尽力。