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Discover

#9

繋いで行く
悠久の歴史
(3/3)

  • 原風景
  • 吉野熊野国立公園
  • 里海

撮影:木本日菜乃
文:櫻井 卓

戻ってきたくなる日本の原風景。

引き続き、繋いで行く、という視点で熊野を見ていきたい。これは信仰や暮らしだけでなく自然にしても同じことが言える。
熊野が豊かなのは山だけではない。
場所は田辺市にうつる。田辺市と言えば熊野古道の玄関口として有名だが、今回の目的地はそこではなく、海。天神崎という場所だ。

案内してくれるのはヒロメラボの山西秀明さん。
ヒロメとは田辺市で古くから食されてきた海藻で、山西さんは静岡の大学でヒロメ研究をしていた経験を持つ。現在は、激減してしまったヒロメを次世代に繋いでいくために、種苗生産などをおこなっている。それにくわえて、田辺湾の魅力を伝えるべく、さまざまな取り組みもしている。小さな頃の遊び場だった田辺の海を守りたいという、ピュアな心がにじみ出ている。

ここ天神崎は、気象条件によって磯の水面が鏡のようになることから、和歌山のウユニ塩湖としてバズった場所でもある。
でも、と山西さんは言う。

「そういう表面的なことに眼を奪われすぎると、本質を見失ってしまう気がします。例えば足元にある水の流れ。これ、淡水なんですよ」

良く見れば、陸側から磯に向かって細い水の流れがある。言われなければ見落としてしまいそうな儚い流れだ。その底にはうっすらと藻が生えている。

「周りの潮溜まりと比べて、ここだけ藻類が多いですよね? 山から栄養分が流れている証拠です」

まさに一目瞭然。山の栄養が海へ、というのは理屈では分かっていたことだが、ここでは視覚的にそれが理解できる。地面に手を当てるとしっとりと湿っているのも感じる。

「海を守るためには、まず山を守らなくてはいけないんです」

それを実感するために、磯から100mも離れていない日和山に登る。標高は35mしかないが、実に見事な生態系がある。田辺が発祥の地である備長炭の原料となるウバメガシも豊富だ。
実はこの日和山ではリゾート開発計画が持ち上がったことがあった。それを食い止めたのが、いま山西さんが評議員を務めている「公益財団法人 天神崎の自然を大切にする会」だ。ナショナル・トラスト運動(市民らの土地買収による自然保護)を50年前に始めていたというから、かなり先駆的だ。

山と海が近い。日本の縮図のような場所だ。小学生などを連れてガイドをすることもあるというが、山の栄養素が海に流れ込むという関係性を伝えるのに、こんなに良い場所もないだろう。まさに教科書のような場所だ。

「この山には岩盤と腐葉土があるので、子供たちにそれぞれ水を掛けてもらって、いかに土が水を保水するかを実感してもらったりもしています」

山の中腹。25年ほど前に山林火災があった場所がある。ここはその後、地元の中学生らの手によって植樹がおこなわれたという。それもただの植樹ではなく、生態系を戻すことを目的とした計画的なもの。おかげでだいぶ植生が戻って来ている。いっぽう、なにも手を入れられていない場所はまだ裸地のままだ。

「きちんと計画をもって手を入れれば、自然は戻ってくるんです。守るだけではだめ。積極的に人間が参加して、繋いでいくことの大切さを子供たちに丁寧に伝えていきたいです」

天神崎は田辺湾の先端にあたる。さらに湾の内部、鳥の巣半島に向かう。パッと見ただけでは、良い雰囲気ではあるが日本各地で見かける小さな漁港のそれだ。集落もある。ここが国立公園?

この鳥の巣半島は、山西さんが里海をテーマにしたインタープリテーションに力を入れている場所だ。里海とは、人手がくわわることで生物生産性と生物多様性が高くなった沿岸地域のこと。国立公園内に人が暮らす、日本らしい考え方とも言える。

クルマ一台がぎりぎり通れる程度の細い道を行く。右手に干潟、左手に田んぼ、という景色に違和感を覚える。こんな近い距離で同居している風景は見たことがない。

「これも山が豊かだからできることなんです。淡水がしっかりと流れ込んでいるから稲の塩害もほとんどないようです」

田んぼとは逆側の干潟へと下りてみる。

「この砂のツブツブ、なんだか分かりますか?」

コメツキガニの食事跡だという。見れば地面一帯がツブツブに覆われている。

「これはマツバガイ、こっちはカメノテですね」

山西さんはうれしそうに教えてくれる。このあたりには、食べられる種類も多いという。

「これはヒジキです。ちなみに日本各地で食べられている海藻は約100種類あるんですが、10個以上言える人は少ないんですよ」

ワカメ、海苔、昆布、アオサ……。たしかに、パッと思いつくのはこのくらいだ。

「鳥の巣半島にいたら、たとえインフラ崩壊したとしても自給自足で生きていけそうです」

たしかに、この場所に居ると、大がかりな漁具など持たなかった古代の人々も、思う存分海の恵みを享受できていたのが容易に想像できる。

干潟を歩く山西さんは、あれが、これは、がとても多い。気がつけば子供の顔で何かを探している。知らない身からすればただの小さな生き物たちも、山西さんにとってはひとつひとつがヒーローだ。

「こんなにも磯、干潟、海藻、海草、サンゴと多様な生態系が凝縮している場所はないんですが、地元の人も含め、ほとんど誰もその貴重さに気付いていないんです」

山西さんはちょっと寂しそうな顔で言う。瀞峡と同様、ここもまた奇跡のような場所だ。それこそ人が住んでいるし、ここも国立公園? と言ってしまいそうなコンパクトさだけれど、いろんなコンテンツが揃っている場所なのだ。
もしかしたら、観光的には受けないかもしれない。それこそ和歌山のウユニ塩湖のようにバズったりもしないだろう。

「地味、ですよね。こんなガイドをしているのも僕だけです。でも知れば、その貴重さがわかってもらえると信じています」

小さなことの積み重ねが豊かさを生む。ひとつひとつは地味な事柄かもしれない。だが、それらを正しく知るということが、保護の心を生む第一歩だ。だから山西さんのような現代の語り部が必要なのだ。

「これ、綺麗だから持って帰ろう」

山西さんが、ガザミ(ワタリガニの仲間)の抜け殻を大事そうに手の平に乗せる。

熊野は、都会的観点からみたら、はっきり言って不便だ。
けれどみんな帰ってくる。
それこそ、後白河法皇は熊野詣をなんと34回。熊野の自然に魅了された南方熊楠もしかり。この地を何度も訪れた偉人を挙げたらきりがないほどだ。
今回取材した3人も、一度は熊野を離れ、そして戻って来ている。その理由を聞いても「なんででしょうねえ」という答えが返ってくる。
海と山が近い? 景色が綺麗? 魚がおいしい? 人が良い? どれも当たりで、そのどれでもない。なんか良いって素晴らしいことなのだ。理屈じゃなく、コツコツと人と土地が積み上げてきた歴史がきっとそう思わせるのだ。
1000年続く修験道、瀞峡を見まもり続ける瀞ホテル、そしていまいる田辺の里海。どれも等しく貴重な存在だ。
叶うことなら百年後の姿も見てみたい。
無理に変える必要はないのだ。いまここにある良きものを地道に次世代へ繋いで行く。きっとそれで良いのだ。

People

取材に協力してくれた人たち

ヒロメラボ

山西 秀明

美味しいヒロメを広める活動の他に、名刺の肩書きには「天神崎の自然を大切にする会」「和歌山県環境学習アドバイザー」「和歌山県自然公園指導員」「田辺市観光協会 理事」「田辺商工会議所青年部 理事」とずらり。頼まれたら断れない、人の良さが見て取れる。