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#10

海と人が育む優しい環
(2/4)

  • 伊勢志摩国立公園
  • 海女
  • 自然と暮らし

撮影:木本日菜乃
文:櫻井 卓

会話が踊る海女小屋へ

伊勢志摩国立公園を、海女さん抜きには語れない。
残念ながら、この日予定していた漁が急きょ中止になったため、漁をしているシーンの取材をすることはできないが、みなさん、海女小屋に集まっているということで、お邪魔することにした。今回受け入れてくれたのは石鏡の海女小屋。
到着するとおやつタイムの最中。賑やかな部室のような雰囲気だ。
海女小屋の真ん中にはカマド(囲炉裏)があり、薪が炎を上げている。ここは漁の準備などをする場所であり、暖を取るという重要な役割もある。代々、この地域の海女さんに引き継がれてきたものだという。
入口付近で緊張していると「ご苦労さんやなあ。お餅食べな」と薦めてくれたのは、80歳を超えるというベテラン海女さんだ。

「中学卒業してからずっと海女さんやったんやけど、結婚を機に就職して、定年したからまた戻って来たんよ」

なんで戻って来たんですか、という質問には「だって目の前に海があるもん」と、当たり前のように答える。

「体がぜんぶ覚えとるもん、海のことは。手っ取り早いわ」

キラキラとした眼が印象的な、長年この石鏡の海を見てきた生き字引だ。昔と今で海は変わりましたか、という質問が自然と出てきた。

「そりゃ変わっとるわな。いちばんは海藻が減ったことやな。アワビは海藻が大好物やから自然と減っていくし」
「美味しいのが減って、いらんのが増えとる」
「ヒジキも少ないしなあ」
「石鏡はまだあるほうやけどな」

そんな中、ひとり東京弁が残る海女さんがいる。奥のほうに座る凛とした雰囲気の女性。大野愛子さんだ。東京から移住してきて海女さんになったという経歴をもつ。

「ダイビングが趣味だったので、いろんな海には潜ってきたんですが、はじめてここの海に潜ったときに、海藻の量に驚きました。もう森みたいな。そんな海はかつて見たことがなかったです」

地元の海女さんだからこそ、海の恵みが減っているのがわかるが、まだまだ豊かさは残っているのだ。これには海女文化が大きく影響しているように思う。
海女漁ではアワビにしろサザエにしろ、小さなものを獲らない。そうした取り組みを誰に言われたわけでもなく脈々と受け継いでいる。いまでこそ制度化されているが、その慣習は少なくとも2000年以上前から続いているそうだ。それだけでなく、稚貝の放流もおこなってきた。ここで獲れるのはアワビ、サザエ、ナマコ、ヒジキなどの海藻。時期によって変わってくる。

「獲りすぎたら後で困るのは自分たちやからな」

いまでこそ持続可能性などという言葉があるが、それが生まれる前から海女さんたちは体感としてそれを感じ、実行してきた。だからこそ、ここまで長く続いてきたのだろう。

この小屋の海女さんたちは、身ひとつでそのまま海に入っていく。その他には船に乗り合って漁場まで向かう船人というやり方もある。

「昔はこのへんでも夫婦船もあったけどね。うちのお母さんはそれやった」
「わしが子供の頃は、みんなわっしょいわっしょい言って、船を陸にあげてたんよ」
「その頃は木の船やったからな。海に浮かべてたら傷んでしまう」

夫婦船とは、夫が操船し、妻が潜る。船と海女さんは綱で繋がれていて、緊急時などには夫が引き上げる。かつては櫓を漕いで漁にでていたというから、どちらも重労働だ。

「いまはもうおらん。みんなあっちの世の中に行ってしもうた(笑)」

パチン、パチンと薪が爆ぜる音とともに、テンポ良く会話が続いていく。もちろん漁の会話も多いけれど、おすすめのお惣菜の話なども出てきて、やっぱり部室みたいだ。

「わかめ切りは、ひでばあが上手やったな」
「肘で抑えて、うまいこと切るんやろ?」
「あれはいいもん見せてもらったな」
「こんど実験してみよ」

上手い下手が明確に分かれる実力主義の世界なんですね、と思わず当たり前の質問をしてしまうが、みんな親切に答えてくれる。

「海女さんはピンからキリまでよ」
「同じ海に入っても1000円にしかならん人と10万円になる人がおるんやから」
「こんなひどい商売あらへんがな(笑)」
「でも、だから愛ちゃん(大野さん)もやりがいあるやろ?」

大野さんは、期待のホープでもあるという。先輩、後輩というより仲の良い同僚という雰囲気だ。カマドの火はとうに消えているが、海女さんたちのお茶会はまだまだ続きそうだ。

大野さんと一緒に、仕事場である海まで歩く。海女小屋を振り返りながら、石鏡で良かったと言う。
「この海女小屋はみんな仲良いんです。ああいう風にカマドでワイワイやってる時間がとても楽しいんです。うちの小屋は、年齢層も幅広いし、私みたいな余所から来た人間もいる。多様性がありますね」

もともと海女さんになろうという発想はなかったという。地方移住を検討していたときに、たまたま石鏡で募集しているのを見かけて、海女さんとして生きていくことを決意した。

「でも、余所者が海女になるなんて前代未聞。そんな私を受け入れてくれたいまの小屋には本当に感謝しています。 なんでこんなに世話してくれるんだろうって、なんども思ったことがあります。これは聞いた話なんですが、集落で火事になった家があって、みんなで海に潜ってアワビを獲って建て直してあげたこともあるそうですよ」

天候にもよるが、漁は夏冬あわせて90日ほどで、1日2回潜る。夏は1回75分、冬は70分。それをこの海で? 相当なハードワークだ。
そんな海女さんの生活で学んだことってなんですか? と訊ねてみる。

「頑張らないことを覚えました。自然が相手なので人間の力ではどうにもならないこともありますから」

でも、海女小屋の様子を見ていると、人の環(わ)によって変えていけることも多い気がする。それこそ大野さんの人生が変わったように。

「徹底的に海と関わるって決めているんで、もし石鏡の海にアワビがいなくなったとしても、今度は増やす活動をしていきたいと思っています」

そういう大野さんの笑顔は、なるほど良い意味で力の抜けたものだった。

People

取材に協力してくれた人たち

海女

大野 愛子

東京から移住し、現在は鳥羽市石鏡町で海女さんとして働く。フォトグラファーとしての顔も持ち、SNSなどで海女さん文化を発信している。