#11
種を蒔く存在としての移住者と
共に育てるローカルの関係
(1/3)
- クライミング
- 瀬戸内海国立公園
- 赤嶽
撮影:木本日菜乃
文:櫻井 卓
あらたなクライミングの聖地を目指して
夕陽に赤く輝く岩壁が始まりだった。
「一目みて、これは日本屈指の壁だ、と思いました」
小豆島、赤嶽でのクライミングルート開拓の中心人物である稲垣智洋さんは言う。
大きな理由はその規模感。日本の岩壁にあるほとんどのクライミングルートは60mロープで事足りる。だが赤嶽では80mロープが必要なのだ。
稲垣さんといえば、これまで西日本を中心に数々のクライミングルートを開拓してきた人物。
「大きさ、かぶり具合。日本のフリークライミングのフィールドとしては、いまもっともスケール感のある場所だと言って良いと思います。そして小豆島には赤嶽以外にもまだまだ良い場所が眠っていそうなんです。いままでいろんな場所を見てきましたが、日本でこれだけの岩のポテンシャルがある場所はそうそうないんですよ」
小豆島は石の島でもある。古くから上質な花崗岩が有名で、豊臣秀吉が大阪城を築城するときに使用したのもこの島の石。江戸城や皇居の西丸大手橋などにも使われている。
クライミングの聖地となるポテンシャルを地質的に持っていたのだ。ただ、ルートを開拓するにあたっては、土地の人の理解や協力が不可欠。
「登りたいから登って良いとはなりません。地権者の方に許可を取ったり、地元の方の理解と協力が必要です。そういうことは余所から来た人間だとなかなか進まないんです」



その橋渡し役となったのが渡利知弘さんだった。現在は小豆島クライミング協会会員であり、島内唯一のクライミングジム「ミナウタリ」のオーナーでもある。
第一印象は、とにかく手がデカい人、だった。
今回のテーマは移住者とローカルの関係。
国立公園は当然自然豊かな場所が多いから移住先としても魅力的な場所であることが多い。
渡利さんも、そんなところに惹かれて東京から小豆島にやってきた。
「便利なものがありつつ、豊かな自然もある。バランスが良い島なんです」
島の体育館に自作のクライミングウォールを設置してクライミングの体験会をしたことが、島の人とクライミング、そして渡利さんとの距離も縮めた。
「僕の手を見て、『ずいぶんゴツい手をしてるな』と島の人が声をかけてくれて。それでいろいろ話していたら、じゃあクライミングの体験会をやってみないかという流れになったんです」
島の多くの人が体験会に訪れた。このまま終わらせるのはもったいないという島の人の声もあり、2017年にクライミングジム「ミナウタリ」をオープンした。取材中も、島の人が楽しそうにジムにやってくる。
「別に自分から積極的に仕掛けたわけではないんです。島に来てから思うのは出会いに恵まれていることです」


人との縁ということで、渡利さんにとって欠かせない存在が、箭木(やぎ)宏中さんだ。
生まれも育ちも小豆島。椎茸園のほか、特殊伐採など山仕事も請け負っていて寒霞渓など国立公園エリアを担当することもあるそうだ。
箭木さんが手作りしたという小屋がまた良いのだ。入口には宴会場という看板。中に入ると囲炉裏にくべられた炭が温かな光で出迎えてくれる。竈やピザ釜もある。窓からは豊かな自然が望める。このあたりは小豆島随一のホタルの生息地でもある。
「山仕事ではすごく助けられてますよ」
温和、という言葉を人間の形にしたら、この人になるのではないか。そんな雰囲気の箭木さんが言う。
「特殊伐採は重機を入れられない場合が多いから、ロープワークなんかだと、逆に渡利さんから教わることも多いんですよ」
20年以上培ってきたクライミングの技術が思わぬところで役に立った。
クライミング軸と仕事軸の両方で、渡利さんが島の人たちとの関係性を築いていたことや、箭木さんの紹介もあって地元の人とも繋がりが生まれた。
そうして地権者との交渉が進み、赤嶽の壁は2023年に一般公開。クライマーたちの憧れの場所になりつつある。冒頭の稲垣さんが2014年に発見してから11年。いまでは100本のルートが開拓されていて、まだまだ眠っているルートもあるという。
「いまボルダーのエリアも開拓していて、その場所は箭木さんとナラ枯れの伐採に行った時に見つけたんです。そういう面でも山仕事ができるのはありがたい」


箭木さんの宴会場の居心地が良すぎて世間話に花が咲き、気付けばすでに2時間。このまま宴会に突入したい気持ちもあったが「1度、赤嶽に行って実際に見て、そのスケールを体で感じてみてください」という稲垣さんの言葉にしたがって、渡利さんとともに登山口へと向かう。
本格的なクライミングをしたことがない人間にとっては、壁にいたるまでのアプローチの時点で怖いのだ。
渡利さんは、断崖絶壁のトラバースをスイッと超えていく。
ジャンボリーケイブという場所についた時に、なるほどと思った。たしかにすごい。
渡利さんに少しだけ登ってみてもらう。下から見上げていると首が痛くなってくるオーバーハングだ。
でも渡利さんは「凄いことだと思って欲しくないんです」と言う。
「別に命懸けでやるのがクライミングではない。クライミングは単純に自分の能力がどのくらいあるのか、自分にとっての限界を知るという行為だと思っています。初心者でもベテランでも実はやっていることは一緒なんです。もちろん、壁にぶつかることもありますが、それを努力によって乗り越えた時の喜びもある」
クライミングを通じて、そういった人生の縮図のようなものを島の子供にも感じ取って欲しいという思いも強い。
「プロじゃない僕のような人間でも、好きなことをやり続けていれば道が開けてくる。別にクライミングに限ったことじゃない。そういうことも伝えていけたらいいなと思っています。凄すぎる人だと自分とは関係ない人と、切り離してしまうと思うんです。だから僕みたいな普通の人間でちょうど良いのかな。やってみよう、で動いてきただけなので」
小豆島のクライミングフィールドは海外の人がわざわざ来るくらいのポテンシャルがある。そういう人と島の人がクライミングを通じて仲良くなっていく。そんな環境が生まれれば、島の子たちも広い世界に目を向けて、もっと夢を持つことができるのではないか。


「僕が死ぬくらいまでには、自分のやってきたことが実感できるんじゃないかという予感があります。島は規模が小さいから、小さな変化でも感じやすいというのもありますね。あの子、変わったな、とか、海外からわざわざ登りにくるクライマーが増えたな、とか、小豆島でアウトドアのガイド業が成り立つようになったな、とか。僕は島からたくさんのものをもらったので、そういう形で恩返しできると良いなと思っています」
小さいからこそ、変化しやすい。たしかに何十万という人が暮らす都会ではなかなか個人の力で変化を起こすことは難しい。島であれば、変化もそうだが、人との繋がりも手応えのあるものになりやすい。
一方で、いま目の前にしている岩壁は巨大だ。小さな島の大きな岩壁を目指して世界中からクライマーが訪れる未来。そんなことを想像するのには十分すぎるインパクトだ。それがゆくゆくは島の誇りに育つかもしれない。
岩壁の迫力に目を奪われていたら、気付くと西日になっていた。さっきより、少しだけ怖くなくなったトラバースをふたたび乗り越え、後ろを振り返ると、先ほどまでいた赤嶽の壁があたたかな夕陽に包まれ、美しく輝いていた。

