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Discover

#12

世界を映す鏡の島で
自然の輪の中に戻る
(2/2)

  • ヤクスギランド
  • 屋久島国立公園
  • 白谷雲水峡

撮影:木本日菜乃
文:櫻井 卓

賑わいの裏で支える縁の下の力持ち

ヤクスギランドと白谷雲水峡。
どちらも屋久島を代表する観光地だ。アクセスもしやすく、よく整備されていることもあって毎年多くの人々が訪れる。美しい自然を楽しむということは、自然保護の精神を育む近道でもある一方で、人が集中すればその分、与えるダメージも大きくなってしまう。だから定期的かつ正しいメンテナンスが必要なのだ。
観光客はあまり目を向ける機会はないかもしれないが、陰で支えている人々がいるから、この屋久島の自然を多くの人が享受できているのだ。
「屋久島レクリエーションの森保護管理協議会」に所属する高橋紘栄さんと服部大介さんもその一員だ。
土砂降りのヤクスギランド。作業道具を担いだ高橋さんが足早に進む。向かっているのは最近崩落した登山道だ。大きく迂回させる必要が出てきてしまった。
日本屈指の多雨地帯である屋久島だから、どうしても土砂崩れなどは起きやすい。

「次から次へ、という感じですね」

毎日見回りをして、補修や整備が必要な箇所があれば、優先順位をつけて直していく。
崩落した場所で土を集め、土嚢を作る。10kgほどある土嚢を担ぎ上げ、崩れそうな場所に置く。それを繰り返す。かなりの重労働だ。
何往復かしているうちに、何人かの登山客が踏んだ足跡が土嚢に付く。
高橋さんは、その横で黙々と作業を続けている。

「無事に帰ってもらうのが一番ですね。やっぱり屋久島の自然はすごいですから。多くの人に見てもらいたいし、帰ってきた人が生き生きしているのを見るのはとても嬉しいです」

戻るときにも道のチェックをおこたらない。どこか危険箇所はないか、周囲を注意深く観察しながら歩く。
今日のような登山道を整備するほかにも、木道の補修、倒木の撤去など、やることは山ほどある。それを日常業務と並行しているのだ。
帰路、木道に倒れ込んできそうなサクラツツジがある。
「これもいわゆる危険木です。切ってしまうのは簡単ですが 財産ですから」と、つっかえ棒で支えている。こういう細かい配慮からも高橋さんのヤクスギランドへの愛を感じる。
安全にさまざまな人にヤクスギランドの自然を楽しんでもらうことが、高橋さんの喜びでもあるのだが、インバウンド人気もあって、入場者に対する危機感もある。北アルプスなどに比べると、初心者の数が多いのも屋久島登山の特徴のひとつだ。

「公園のような感覚で、軽装でくる方も多いんです。レインウェアの上下は必ず持ってきて欲しいですし、このヤクスギランドでも人はいます。そういう時はエマージェンシーホイッスルを携帯していれば自分の居場所を知らせることができるので、持ってきてほしいですね」

まだ雨は降り続いているが、ヤクスギランドには続々と観光客がやってくる。ひとりひとりの安全を願いながら、高橋さんはふたたび自分の仕事に戻っていく。

場所は白谷雲水峡に移る。
白谷雲水峡は現在、土砂崩れによって正規のルートの一部が現在封鎖されている。そのための迂回路を作ってから1年。

「たった1年でだいぶ根が露出してしまいました」

ツガの巨木の下で保全整備をしている服部さんが指を差す。露出した根は30cmほどだろうか。人が歩く。ただそれだけで山にこれだけのダメージを与えてしまうのだ。

「だから来て欲しくないなんてまったく思わないですが、こうした現実を知って欲しいという気持ちはあります」

今日の作業内容としては、この根の露出を緩和させることで、これ以上土が流れていかないようにすること。倒木をチェーンソーで適度なサイズに切り、根に沿って置く。そこに枯れ葉を敷き詰め土を被せる。登山道を直すだけでなく、山岳保全も意識しているので、枯れ葉を集めるにしても、わざわざ下まで下りて、傾斜の緩い場所から取ってくる。枯れ葉は山が保水するのを助ける役割がある、傾斜が強いところから取ってしまうと崩れる恐れがあるからだ。
言葉にしてしまうと簡単そうに聞こえてしまうのが悔しい。倒木は驚くほど重たいし、足場だって悪い。とうぜん危険をともなう作業だ。服部さんは一人で淡々と作業する。しかも、こうした保全作業だけでなく、白谷小屋のトイレの管理や携帯トイレブースの設置などもおこなっている。実は白谷雲水峡では、し尿搬出に莫大な費用がかかるという。近年携帯トイレを推進する動きが功を奏しているが、そこで浮いた分の費用を登山道整備に回しても、まだまだ足りていないという現状がある。

「ここは年間約9万人という数の人が訪れるということもあって、ちょっと放っておくだけで、あっという間にいろいろな状況が悪くなってしまいます。イタチごっこですね。もう少しマンパワーが欲しいところなんですが」

そう言って、整備に使うための岩を斜面から担ぎ上げる。

「沢沿いとかだったらこうした岩も多いんですが、ここは使える材料が少ないから、場合によってはかなり遠くから運んでくることもあります」

この箇所を作業して3日。ようやく目処が立ってきたという。作業は基本的に1人。

「この場所を歩けるのも、このツガが支えてくれているからなんです。こいつがいなかったらあっという間に崩れてしまいます。変な言い方かもしれませんが、われわれ人間は、こうした自然がないと山すら歩けないんです」

作業現場を後にして、苔むす森まで歩く。
服部さんの作業を目にしたあとでは、至る所に直している痕跡があることに気付く。この道は人の手で守られているのだ。それを知ったいま、歩き方も自然と地面に気を使ったものになる。
高橋さんや服部さんたちがおこなっている作業にかかる費用は、協力金の中からまかなわれていて、それ以外の資金源はないという。現在の協力金は1人500円。2人の作業の現場を見たいま、ちょっと安すぎるのではないかと感じる。
山に道があるのは当たり前ではないのだ。
山岳保全は自然と人が折り合いを付ける行為だ。山をできるだけ崩さず、ただし人のために入れる程度には整備する。
そのために注力している人の存在を忘れてはならない。
縁の下の力持ち。山を楽しむ人は、その縁の下を覗いてみる必要がある。
次に屋久島の山を歩く時、きっと2人の顔が浮かぶ。

今回の取材で、「Sumu Yakushima」の小野さんから「もともと日本語にはNATUREに該当する言葉はなかった」という話を聞いた。
英語でいうネイチャーは、いわゆる手つかずの自然。つまり人間は含まれていないのだという。
日本には暮らしと切り離せるネイチャーという概念がなかったから、自然という言葉をあてた。もともとは「じねん」とも読む。
仏教用語でもあり、人間と自然は一体で、共に生かされている状態を指す言葉だ。
山を守ることは里を守ること。
川を守ることは、海を守ること。すべては繋がっている。
そして人間は輪の外側ではなく内側にいるのだ。
自然のため、ではなく自分たちのためなのだ。

People

取材に協力してくれた人たち

屋久島レクリエーションの森保護管理協議会

高橋 紘栄

屋久島出身。一度島を出たが、2001年から屋久島レクリエーションの森保護管理協議会に。消防団にも所属し、山岳遭難捜索救助活動なども行っている。

屋久島レクリエーションの森保護管理協議会

服部 大介

大阪府出身。屋久島に来てから漁師などの仕事を経て、2011年から白谷雲水峡での業務に従事。山岳保全活動だけでなく、白谷小屋の管理など多岐にわたって活動している。