#12
世界を映す鏡の島で
自然の輪の中に戻る
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- リジェネラティブ
- 屋久島国立公園
- 水と暮らし
撮影:木本日菜乃
文:櫻井 卓
突然、海から山が現れる。生えている、という表現を使いたくなるほど、屋久島は海から急激に迫り上がっている。
この島が洋上のアルプスと呼ばれる所以だ。
亜熱帯から冷温帯まで多くの気候帯を持ち、その恵まれた自然環境から、国立公園だけでなく世界自然遺産にも選定されている。
屋久島は、日本の縮図のような場所なのだ。
ただし、そんな豊かな島の自然も、いまアクションを起こさなければ荒廃していってしまう恐れがあるのも事実だ。
日本の自然を映す鏡のような屋久島で、自然に対する働きかけを諦めていない人々に会いに行く。

自然と人の繋がりを取り戻す
“流域”という考え方
流域、という概念がある。
意味としては、水系に雨水が集まる大地の範囲のこと。流域を意識することで、雨水が山に保水され、川になり、海にいたり、そしてふたたび雲が生まれるという循環や、さまざまな動植物が共に暮らす生態系の繋がりも見えてくる。
そこには人間の営みもおおきく関わってきた。
例えばいま居る屋久島の高平集落の場合、山から湧き出した水は、徐々に合流しながら、広範囲に水を届けている。これが途中にあるタンカンやポンカン畑、棚田を潤し、里の飲み水となり、栄養を蓄えたまま海へと流れ込む。
地球が本来持っているエコシステムであり、古くから人が活用してきたベーシックなインフラでもあるのだ。
実はこうした流域は日本全国にある。むしろ流域しかないという見方もできる。近代的なインフラ整備や宅地化が進むなどして見えにくくなっているだけなのだ。
屋久島は流域を見るのにうってつけの場所だ。
山から海の距離。つまり水源と最下流が近い。そして多雨と急傾斜。山から海まで、海から山まで水が巡っていくスピードが速い。

上流から見ていくのがわかりやすい。
高平集落の流域を健全な状態に戻し、保つべく活動している今村祐樹さん、小野司さんとともにゆっくりと坂を登っていく。
きっかけはオーバーツーリズムに対する危機感からだった。
「当時は縄文杉などもガイドしていたんですが、人が来れば来るほど、島が弱っていくことに疑問を持ったんです。でも人が悪いとは思いたくない。だから、人が介入することで自然に良い影響を与えられるような、そんな取り組みができないかと考えたんです」
来る、だけでなく、住む、も重要。建築側でなにかできることがあるんじゃいかということで、小野さんがジョインした。この取り組みの活動拠点にもなっている「Sumu Yakushima」という建物をデザインした人物だ。今日の最終到着地でもある。
いま向かっているのは、この地域の流域の水源だ。
「山の中腹ぐらいに杉の林が見えますよね。あそこがこの辺りの里山にある水源のひとつです。」
途中の川に降りて、石を取り除く。
「山が荒れることで、こういう石が川へと流れてきてしまうんです。それによって流れが滞ってしまうので、定期的に人の手で取り除いてあげる必要があります」
ここで拾った石を水源まで戻して、土砂が流れ込まないよう石積みを作る。循環の手伝いを人間が。理想的な関わり方だ。


「作って終わりじゃないんです。定期的に人がメンテナンスをすることで、自然の恩恵を受けることができる」
足元に目を向けるとアスファルト道路が凹んでいる箇所に気付く。これはが水の流れを阻害している証拠だという。
「もともとの水の流れをアスファルト道路が断ってしまっているんです。でもアスファルトの下には水が流れている。だから傷んでいくんです」
人体でいえば、血流が阻害されている状態に近い。だから道路の作り方も専門業者とともに研究中だという。目指すは木と土を使った再生型の土木。
「近代土木でやらなければならない場所ももちろんあるんですが、全部がそうかというと、違うと思っています。コンクリートは完全に劣化してしまうと補修はできても、根本的に直す方法がなく、結局打ち捨てて新しいものを作った方が安いってことになるでしょう。でも土や岩、木を使った昔ながらの手法であれば、補修しながら使い続けることができます。そして完全に固めてしまわないので、空気や水は抜けるけど、土砂の流出は防ぐというバランスの取れた施工ができるんです」
小野さんが、建築家の目線で教えてくれる。
車で通過していたら気付かない細かい事柄。さきほどから水音がすぐそばで聞こえ続けている。

「ここがいま僕らが手を入れさせてもらっている人工林です」
ところどころ皮が剥かれた杉がある。いわゆる皮剥き間伐という手法で、グルッと皮を剥いてしまうと枯れてしまう樹木の特性を活かしたやりかただ。立ち枯れの状態にして乾燥させるから、伐採時の重量も軽くなるから運搬もしやすい。間伐整備をして環境を整えつつ、そこで出た材も活かす。ここで切った杉は塩作りのための薪として使う他にも、ここの材を使って畑に東屋を作る計画もある。
「材料をいただくだけでなく、この人工林を健全にしていくことで、土地の保水力もあがります。もしかしたら枯れてしまった沢も戻ってくるかもしれません」



途中、今村さんに勧められて、道端に生っていたヤマモモを見つけて口に入れながら歩みを進める。なんだかヤクザルになった気分だ。
水音がさらに大きくなる。水源が近い。
今村さんと小野さんは流れに入り込み、淀んだ場所から静かに枯れ葉や枝を掬い出す。水源の流れのメンテナンスだ。そうして取った枝葉でボサと呼ばれる簡易的な堰をつくり、泥の流入を防ぐ。昔からある一挙両得の知恵。
「昔の人にとっては当たり前のメンテナンスだったと思います。これをしないと水が得られないですから、流域にかかわるみんなで取り組んでいたんじゃないかな。つい最近までここを水源にしていた農家さんも居たんですが、高齢のため管理ができなくなってしまったんです」
自然は共有財産だったのだ。
豊かに流れる水をひとすくいして、口に運ぶ。まろみがあって、美味い。
昔はこうした水源がたくさんあったはずなのだ。お金を払って水を得るのではなく、自分たちで面倒を見ることで水を享受してきた。
自然界において、人間は調整者という役割を担ってきたのだ。人が介入することで自然も人も豊かになっていく。
「屋久島では具体的に見えやすいですよね。自分が関わることで自然が生き生きしてくるのを実感できる。最初にこの作業をしたときに、人間が自然に対して出来ることがあるんだという可能性を感じました」
小野さんが作業しながら言う。



坂を下ると、2人の拠点である里が見えてくる。
海を見渡せる傾斜地には、今村さんたちが作ったビオトープ。2年ほどでたくさんの水棲生物が住むようになった。そして一段下に畑と水田。
水の貯水と分散。一気に水が走ってしまわないための作り方だ。上流から一貫していることだが、徐々に水を落としていくことで、それぞれにしっかり栄養を届けることができる。くわえて、急激な水の流れを抑制し、大雨時などでも土砂崩れなどが起きにくくなる。
「里がビオトープのような役割をするのが理想です。人が住む場所に他の様々な生物も棲み、森と海の生態系を豊かにする」
さらに下流へ繋がっていく。つまり海だ。歩いて30分ほどで水源から海まで見通せる屋久島の凝縮感はやはり特別だ。
今村さんたちは、ここの海水を使って塩作りもしている。炊くための薪はさきほどの水源林から調達している。
「ここは海と山の水が交わる場所です。一度潜った山の水が湧き出す箇所が無数にあって、それと海水が混ざり合うことで栄養たっぷりです。海藻も育ちますし、魚の幼稚園のような場所でもある。そして美味い塩の原料にもなります」
山から海。自分の足で歩くことで、その繋がりが見えてくる。



海から川を遡って彼らの拠点である「Sumu Yakushima」に。森の中に共存している雰囲気がある。飲み込まれるわけではないが、同時に植物たちも生き生きしている。庭以上、ジャングル未満。
建築家としてさまざまな受賞経験も持つ小野さんが案内してくれる。屋久島に来てからは“菌”築家と名乗ったりもする。
「Sumu Yakushima」の設計方法はまさに菌とともにある。
画期的なのは、基礎の下に焼いた杭を打ち込み多孔質の空間を生み出すことで、菌の住処にしていることだ。それによって土中にある菌糸のネットワークを阻害せず、自然と調和させている。
つまり建物自体が木々と菌糸をつなぐハブとなる「マザーツリー」の役割を果たしているのだ。
人が住む、建物を建てる、というのは、近代的なやり方を採ると、どうしても地下の水脈の流れを阻害する要因になる。だが、この「Sumu Yakushima」のような建て方をすれば、むしろ自然にとってプラスに働く。これからの建築の理想形のひとつだ。
他にも太陽光発電を活用したオフグリッドシステムなど、環境に配慮している点は数多くあるのだが、小野さんはそれを自慢げに披露しない。

「屋久島では全てのものがすぐに土に還っていこうとします。自然界の要不要のジャッジは厳しいですから。それが次の命の材料になるのです。この建物が朽ちずに共存しているうちは、流域の役に立っている証拠だと考えています。」
この建築に興味をもった研究者が調査した結果、微生物をはじめとした土中環境が再生していることが判明している。しばらく放置されて森に還った場所と比べても、ここのほうが微生物の多様性が圧倒的に多いという調査結果もある。この建物がない場合より、あったほうが自然にとって良い状態。人間が作るものは往々にして自然を阻害する現状において、これは驚異的なことだ。「Sumu Yakushima」のコンセプトである“住めば住むほど自然が澄む”を見事に体現している。しかも原始的な作りではなく、洗練されたデザインと快適さをあわせもつ住居なのだ。
「植物と菌の関係から学ぶことは多いです。お互いを豊かにしあう共生の形。さっきの水源管理もそうですが、流域という単位で考えれば、人間たちも、もっと協力しあうことで豊かに暮らせると思うんです。たとえば、上流のミカン畑の方がが、高齢化もあって除草剤を撒かないとやっていけないという。それに対して僕たちが草刈りのお手伝いをすることで、結果、僕たちの飲み水も綺麗に保たれる。そういう流域同士の助け合いができれば、大きな変革などなくても自然と共存した暮らしができるはずです」
彼らがやりたいのは原始的な生活に戻ることではなく、もう一度、自然の中に立ち戻るということ。その鍵になるのが、この流域という単位なのだ。彼らがやっていることが、今後日本各地で実現していけば、間違いなく世界は変わる。
人が積極的に介入することで、豊かになる自然。結果、人間同士の繋がりも取り戻し、豊かに暮らせる。文字通り、すべては繋がっている。




