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#13

自然という
神さまからの贈り物 (1/4)

  • ザトウクジラ
  • ユリムン
  • 奄美群島国立公園

撮影:木本日菜乃
文:櫻井 卓

奄美群島国立公園の魅力の一つとして”環境文化”が挙げられる。環境文化とは「固有の自然環境の中で歴史的に作り上げられてきた自然と人間の関わり」のこと。
奄美群島国立公園は、国内最大規模の亜熱帯照葉樹林や豊かなサンゴ礁、マングローブ林を有する。さらに公園内には多様な生き物が暮らし、アマミノクロウサギ、ケナガネズミ、アマミトゲネズミ、アマミイシカワガエル、アマミヤマシギなど奄美の固有種を挙げたらきりがないほどだ。希有な固有種と生物多様性は奄美地方の大きな特徴でもあるが、それを支えてきたのは住む人々の心のありようにこそ鍵があった。

海への感謝と愛

船の目の前でクジラが飛ぶ。
まるで海面が爆発したような迫力だ。これでもまだ子どもの個体だという。

本当にいるんだ、という不思議な感覚を覚える。どこか神話の生き物のよう。非日常が突如として目の前に立ち現れたからかもしれない。

調査のため、いまのクジラを撮影し終えた興 克樹さんが嬉しそうな顔をする。

「クジラの個体識別は尾びれでするんです。いま飛んだ子は、なかなか尾びれを上げてくれなくて。研究者泣かせなところもあったんですけど、こんな時化の中でも立派にやっている様子をみるとほっとしますね」

興さんは20年以上にわたり、奄美でサンゴの保全やウミガメ、そしてクジラの調査を続けてきた。奄美海洋生物研究会の会長や、奄美クジラ・イルカ協会会長などを務め、毎日のように奄美の海に出ている。

冬の12月〜4月の間、奄美には多くのザトウクジラたちが繁殖のためにやってくる。海上にクジラのブロー(息継ぎ)を認めるたびに、興さんはまるで旧友にあったかのように目を細める。

「おかえりなさい。今年も会えましたね」とでも言いたげな表情で、長い旅をいたわっているようだ。

クジラたちはこの地で繁殖し、夏にはロシアやアラスカ近海などで成長し、また冬に奄美の海に戻って来る。この地でクジラを見守り続けてきた興さんにとって、親戚たちが里帰りしてきたようなものなのかもしれない。

奄美大島で近代捕鯨がはじまったのは1910年代だが、おこなっていたのは島外の業者。奄美の人々にはクジラを獲るという概念はなかったという。
はるか昔。奄美の人々とクジラの関係は偶発的なものだった。海岸線で貝などを採集していた人々の前に突如として流れ着くクジラの死体。つまり大量の食料。まさに自然という神からの恵みに映ったに違いない。
奄美にはユリムンという言葉がある。“浜に流れ着いたもの”という意味だが、遠い理想郷からの贈り物として、みんなでありがたく分け合ってきたのだという。

「クジラくらいの大物になると違う集落にも分けていたみたいです。この島には古くから、自然から得た物はみんなのもの、という考え方があったんでしょうね」

近代捕鯨の時代を経てザトウクジラの数は激減したが、1960年代にザトウクジラを捕鯨対象から除外。2000年代に入って奄美大島海域にもザトウクジラが戻って来た。2025年シーズン(24年12月〜25年3月)に確認されたザトウクジラの頭数は1799頭。調査開始以来過去最高だという。最近では島の西側の奄美海盆でマッコウクジラの群れも発見されている。

クジラの本格的な調査が始まったのは2014年。興さんを中心に出現場所と数をカウント。尾びれを撮影しての個体識別もおこない、群れの構成なども調査してきた。それにあたっては地元のダイビング業者の協力が欠かせなかった。

「クジラが来る前は、冬の奄美にダイビングに来る人はほとんどいませんでした。そういう暇な時期にダイビング業者の船長たちがクジラを探しに行くということを、半ば趣味としてはじめたんです。その楽しさや魅力を他の人にも知ってもらいたいという思いがあって、始まったのがホエールウォッチング、ホエールスイムです」

奄美はホエールウォッチングだけでなく、クジラと一緒に泳げるホエールスイムもおこなえる世界でも希有な場所だ。だからこそ、特にスイムに関しては慎重な姿勢でのぞむ必要があると興さんは考えている。

「ホエールウォッチングとスイムをはじめるにあたって、まず協会と事業者でルールを作ったんです」

クジラにストレスを与えないこと。これが最優先だ。
スイムの場合、1度に海に入るのは8名まで。ひとつの群れに対しては4回まで。親子クジラの場合は2回までで、できるだけ1回に抑える。ウォッチングに関しても30分以内に制限。生後間もない赤ちゃんクジラだった場合は、スイムもウォッチングも実施しない。
ほかにも、ひとつの群れに対して接近できる船の数の限定など多岐にわたる。
すべて、クジラにできるだけ自然な形で過ごして欲しいという配慮だ。

奄美におけるホエールウォッチングやスイムは、多くの観光客に人気のレジャーであると同時に調査の側面も持つ。

「水中から観察することで、クジラがどう動いているのか? どのくらい滞留しているのかなど、海上からだけでは難しい調査も可能になります」

2023年にはスイムを通して、奄美沿岸海域でのザトウクジラの出産シーンの撮影にはじめて成功した。

「感慨深かったですね。ザトウクジラも島の子だったんだなぁって」

調査目的だけならともかく、観光業としての面も持つホエールウォッチングとスイム。普通なら事業者側から緩和してほしいなどの意見が出そうなものだが、そういうことは皆無だという。
クジラの出現情報は、全ダイビング事業者を含んだメッセージグループで常時共有されている。ダイビング事業者は商売的に見ればお互いライバルのはずなのだが、その垣根を越えて協力体制を築けたのは島の気質が関係しているようだ。

「奄美大島は古くからシマ(集落)同士の連帯があった地域だということも協力体制を築きやすい一因かと思います。くわえて奄美群島は各島同士の仲も良い。だから調査体制やルールなども決めやすいんです。まあ、みんなクジラが大好きなんです」

参加するお客さんにも、なぜこのようなルールがあって、どういう理由でダメなのかなどをきちんと説明することで、保護の精神を学んでいってもらいたいという思いもある。

「リラックスした状態のクジラのほうがゆっくりと観察できますしね。みんなで優しく見守りましょうね、というイメージです。そのほうがクジラにとっても人にとっても良いですよね。クジラを通じて人間側もいろんなことを学べるんじゃないか、そう思います」

People

取材に協力してくれた人たち

自然写真家

興 克樹

1971年、奄美市名瀬生まれ。東京の大学を卒業後、島に戻り名瀬市役所職員に。98年のサンゴ礁の大規模な白化をきっかけに、奄美の海洋生物の調査・研究を本格的に始める。その後、ウミガメ、クジラと活動範囲を拡げていく。2015年南海文化賞特別賞(海洋生物調査部門)を受賞。ティダ企画有限会社代表取締役。奄美クジラ・イルカ協会会長、奄美海洋生物研究会会長。