#8
流氷が紡ぐ命の巡り
(3/3)
- ウトロ漁港
- 流氷
- 知床国立公園
- 自然の循環
撮影:木本日菜乃
文:櫻井 卓
流氷の町に暮らすということ。

ウトロ漁港の流氷の上でなにやら作業している一団がいる。
アイス・フリーダイビングの世界記録を狙うチームだという。なんと無呼吸で流氷の下を126m潜水するという。流氷をチェーンソーで切って、エントリー用、緊急用、ゴール用と数カ所に穴を開けている。
長年ここで流氷フリーダイビングをしている高木唯さんの姿もある。高木さんが流氷フリーダイビングを始めた2013年に比べると、穴を開けるのが容易になってきているという。それはつまり、厚みなどが減ってしまっているということ。


高木さんたちが開催している流氷カップというイベントには、日本はもちろん、さまざまな国の人も流氷に潜りにやってくる。そうやっていろんな人に実際に触れて知ってもらうことが、流氷を守りたいという意識にも繋がっていく。
「今回の挑戦も、記録更新という目的以外に、まだこんなに流氷があるということを広めたいんです。いろんな人に興味を持ってもらうことで、流氷の大切さを知ってほしいという思いがあります」
「いつかなくなるかもしれない」という高木さんの言葉にドキッとする。
仮に流氷が来なくなってしまったとしたら、生態系に与える影響は計り知れない。

旅の最後に、知床世界遺産センターに勤務するAirdaさんに会いに行く。
音楽アーティストとしての活動もしている彼。知床には4年前にやってきた。特に思い入れがあったわけではなく、流れで、という知床では珍しいパターンだ。
これまで会ってきたのは知床と深い関わりを持ち続けてきた人たち。フラットな目線からの意見も聞いてみたかった。
Airdaさんの運転で、彼の通勤路をクルマで流す。
「この道を毎日往復していく。そういう日常の繰り返しの中で、知床の良さというものが段々と分かってきました。例えば、東京では意識しなかった風。風向きや強さによって体感温度がぜんぜん違うんです」


流氷が溶けて、春がやってくる。夏になるとサケの遡上がはじまり、秋には山のミズナラたちが黄色く色づく。そしてまた流氷がやってくる。この土地では四季の移ろいも否応なしに目に入ってくる。
「そのへんの用水路でもサケが遡上しているんです。そういう些細なことから自然との距離の近さを、ゆっくりと実感していきました」
東京から知床に来て、作る音楽もじょじょに変化してきたという。

「まだぜんぜん途上ですが、知床の自然、風景全体から感じることを作品に落とし込めたら、とは思っています」
知床で見るもの、聴く音、感じることを音に。壮大な計画だが、知床なら、という期待感も持たせてくれるのが、この土地の魅力でもある。
「知床の自然の中でも流氷が特に好きですね。ここに来るまで、流氷というと静、もっと言えば死のイメージを勝手に持っていたんですが、まったくの逆なんですよね。すべての生き物の根底にある」
彼がよく流氷を眺めるという海岸に着く。遠くで揺らめいているのは蜃気楼だ。
「僕が作る音楽は、けっして派手なものではないので、ちょっとシンパシーを感じるんですよね。こういう景色がようやく日常になってきた」
自然に興味がなかった人にも響く自然とその周辺環境。Airdaさんのような人がもっと増えることが自然のためにも必要なことだと思う。

東京に戻って、彼が作った音楽に耳を澄ます。目を閉じると知床の景色だけでなく、空気を感じるのは、今回の旅で知床を、より深く知れたからだろうか。
流氷と野生動物の痕跡を追った結果見つかったのは、それを守りたいと願う人間の存在だった。会う人みんなからそれぞれの形の、この土地に対する好きが伝わって来た旅でもあった。
知床に住む動物としての人間、という感じなのだ。肉体的にも精神的にも、豊かな自然を享受している場所。
恵みもあれば脅威もある。美しさもあれば厳しさもある。
それだけ野生が近い土地なのだ。
そんな知床から学ぶことは多いが、強く感じたのは、人間は循環の輪の中に戻る必要があるのかもしれない、ということ。





海、川、森。そして多様な生き物たち。
すべては複雑に絡まり合っている。もちろんそこには自分たち、人間も含まれている。破壊するだけではない、人間だからこそできる、自然界における役割だって、きっとあるはずだ。

