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#7

自然との調和が取れた
これからの観光地を求めて
(2/2)

  • ロングトレイル
  • 屈斜路湖
  • 川湯温泉
  • 阿寒摩周国立公園

撮影:木本日菜乃
文:櫻井 卓

人と自然が調和した持続可能な街づくり

400kmのロングトレイルで
垣根を越えた線を引く

道東に1本の長いトレイルが生まれる。
「北海道東トレイル(Hokkaido East Trail (HET)」は知床、阿寒摩周、釧路湿原の3つの国立公園にまたがっていて、それぞれ北海道の特徴的な景観や風土、人々の暮らしや文化・歴史を味わうことができる歩く旅の道。総延長は約400km。開通すれば潮風みちのくトレイルに次いで、日本で2番目に長いロングトレイルになる。
今回訪れた阿寒摩周国立公園のエリアは、屈斜路外輪山を中心としたカルデラ地形の中を歩けるのが最大の特徴であり魅力だ。
このトレイル作りの旗振り役となったのは環境省・阿寒摩周国立公園管理事務所の末廣圭司郎さん。
「このあたりにも素晴らしいトレイルがあるんですが歩く人はそう多くなく、まだまだ発信力が足りていない。でも1本の長いトレイルにすることで、話題性を高められれば地域のトレイルの後押しになると思っています。世界中からハイカーが訪れる。そんな場所になっていほしいんです」
道を繋ぐ、と一言でいってもいろいろと難しい問題もある。例えば森の中を一般の人が安全に歩くためには、国有林であればまず自治体などが国から歩く道を借りて整備する必要があるし、市町村の協力を得られなければ道は繋がらない。
また、ハイカーが安心して歩けるよう、クマ出没情報をはじめ、自然の中を歩くための注意事項など、様々な情報を発信できる体制を整えることも必要だ。
クリアしなければならないことは沢山あるが、地域の方々の協力や応援をもらいながら、2024年10月頃のオープンを目指し奮闘している。

末廣さんとともに、北海道ひがしトレイルを藻琴山から屈斜路湖方面へと下りていく。美しいダケカンバの間にキレイに刈られたトレイルが付いている。目線を下に向けると遠くには屈斜路湖が輝いている。
その後もトレイルの断片を集めていく。

釣り人が竿を振る屈斜路湖畔。霧の摩周湖。広大な牧草地。このトレイルには、阿寒摩周国立公園の見どころが詰まっているのだ。
噴気孔から水蒸気をモクモクと吹き出す硫黄山の横を通り抜け、つつじヶ原と呼ばれる場所へ向かう。
「ここは、あまり人が訪れないんですけど、僕としてはすごくおすすめのトレイルなんです。ちょっと日本離れしてませんか?」
末廣さんが言うように、白い砂地にハイマツがポツポツと生えている様子は、まるで砂漠だ。この道は川湯温泉まで続いていて、いまいるハイマツ帯から、イソツツジ、広葉樹林、そして針葉樹林と植生がクルクルと変わる。とくにハイマツやイソツツジは高山帯でしか見られない植物だと思っていたが、硫黄山による火山ガスや酸性土壌でも生き残れる種、ということで、この一帯は低標高なのにこれらが生息しているのだ。自分がいる標高を一瞬忘れてしまう、不思議な場所だ。
断片を集めただけでも、そのロングトレイルのポテンシャルを感じるには十分だったが、次はそれらを通しで歩いてみたい。点だけを巡るような観光ではなく、それを線で繋げばもっと深い領域での自然の変化が見えてくるはずだ。歩くというのは音楽に似ている。連続性とハーモニーが大事なのだ。

自然を味方につける
森の中の温泉街という構想

川湯温泉が工事の音に包まれている。いま生まれ変わろうとしているのだ。
バブルの頃の盛況も鳴りを潜め、最近では廃業したホテルがそのまま放置されている場所も増えていた。いま町に溢れているのはそういった廃ホテルを解体している、ある種希望の音なのだ。

いま、川湯温泉で進んでいるのが森の中の温泉街というプロジェクトだ。コンセプトは「湯の川がつむぐカルデラの森の温泉街」というもので、街中を流れる温泉の川をいまよりも前面に押し出して、飲食店なども展開。人々が周遊できるエリアに変える。さらに、北海道東トレイルともうまく連携して、トレイルタウンのような面も持たせる予定で、トレイルセンターやキャンプ場などを中心に、アウトドアアクティビティーを、より楽しめる拠点として整備していく計画もある。

「ここは子供の頃の遊び場でね。よく頂上まで登ったりしたもんだよ」
川湯温泉から2kmほどの場所にある硫黄山、アイヌ語では「アトサヌプリ」という山。川湯温泉の源でもあるこの山を眺めながら、弟子屈町長である德永哲雄さんが言う。
德永町長は、現在は息子さんに継承した付近の農家から74年間ずっと川湯温泉を見てきた。
「川湯温泉にも90年代には1日で3000人の宿泊客が来ていたりしていたんです。夜なんか歩けないくらいの混雑でね。やっぱりいまは、バス観光が少なくなってきたからね。だから合わせてこっちも変わらなきゃいけない」
その鍵となるのは弟子屈町が持つ自然という財産。
「自然景観はもちろんだけど、農産物も豊富だし、和牛も良い。地熱エネルギーも見つかった。弟子屈は恵まれた土地なんですよ」
植林なども積極的におこない、かつてあった森を再び取り戻す。木の高さと同程度になる3階以上の建物を作らないというルールも検討していて、まさに森に囲まれた温泉街を目指している。
マスタープランで掲げているイラストでは、一面の森の中に、ポツリポツリという感じで建築物が馴染んでいる様子が描かれている。規模感こそ違うものの、アメリカの国立公園のような雰囲気だ。
「弟子屈に住む人も訪れる人も、みんなが満足できる。そんな町にしていきたいんです」
これまでもワイナリーやチーズ工房など、新たな取り組みを積極的に牽引してきた德永町長。とにかくパワフルで行動力がある。地元愛ではち切れそうな人物だ。

川湯温泉街で、あたたかい温泉に足を浸しながら、阿寒摩周国立公園川湯地域運営協会の宮﨑健一さんから話を伺う。
足湯ではない。街中を流れる温泉の川。宮﨑さんたちが長年かけて清掃をしてきた場所でもある。
「酸性が強い温泉なので、微生物がいないんです。川床にも土がない。だから落ち葉などが分解されず溜まってしまう。その溜まった落ち葉が岸にある土に混ざってしまうと、腐敗が進んで悪臭を放ちます。だから地道に手作業で清掃しています」
夏場は特にたいへんだ。日差しと足湯の組み合わせ、作業が終わる頃には茹でられたようになるという。

川湯温泉の象徴とも言える、温泉の川を守り続けてきた宮﨑さんに、森の中の温泉街構想について伺うと「賛否両論あると思いますよ」という答えが返ってきた。
「いま川湯温泉に来てくれているお客さんって、少し寂れたというか、小さな温泉街が好きで来てくれている人が多いんです。だから今回のマスタープランにはあまり乗り気じゃない人も少なからずいます。もちろん、お客さんが増えるのは良い事です。でもこの川湯温泉にどこまで人が来るのが適正なのか、そのへんが難しいところですよね。なにが正解なのかいまの段階ではわからないというのが正直なところです」
宮﨑さんが小さかった1980年代当時の川湯温泉は、とても賑わっていた。それこそ夕方になると下駄を履いたお客さんたちがたくさん歩いていた。そういう景色は戻って来て欲しいという気持ちもありつつ、ただ近代化してただオシャレにすれば良いというわけではないと思っているという。

「大きな資本が入ってくるのは大歓迎なんですが、それだけの街になってしまうというのは避けたいです。だから地元民もこれを機に奮起していかないといけないですよね」
さらに「ここがどういう場所なのか、を明確にしたい」と、宮﨑さんは続ける。
「川湯温泉という地名のとおり、やはり街を流れている川そのものが温泉というのが最大の特徴だと思います。だから、川を中心にお客さまが街を巡れるような、そんな仕組み作りは大賛成です。いままでホテルの裏に隠れていた場所なので、ずっと清掃していた僕たちの団体としても長く望んでいたことです」
街中の川の周辺を整備してアクセスしやすくする。遊歩道を作り、そこに飲食店などが建ち並ぶ構想も進行中だ。たしかに、湯気立ち上るこのあたりが木々に囲まれたらさぞかし幻想的な場所になるだろう。いまでも冬になると、湯気が凍りつき街中でも樹氷やダイヤモンドダストが見られるという。
「もともと団体としても、清掃などがメインではなくて、地元の要望を行政に発信していくという目的で発足したんです。だからこれを機にもっと発信していかないと、と思うきっかけにもなっていますね。対話の重要性に気付かされました。地元をもう一度見直す良い機会です」

温泉の川は屈斜路湖まで続く。その途中まで、宮﨑さんと森を歩く。トレイルも明確ではない、深い原生林を川沿いに進むと、温泉の川と通常の川が合流する場所に着く。
左が水で、右が温泉。温泉の川からはうっすらと湯気があがっているのがわかる。ここは開発せず、そのままで良い。そう感じさせる野性味溢れる雰囲気の場所だ。

「流行りにのっかった、すぐにダメになってしまうようなものにだけは、なってほしくない。自然もそうですが、住んでいる人間にとっても持続可能なものにしていかないと」
宮﨑さんがポツリとつぶやく。
新しい可能性と地元民の誇り。その両輪がうまく噛み合うことでしか、自然を軸にした持続可能な観光開発は成立しないのだ。自然を良くするも悪くするも人間次第。それがこれからの観光地についてまわる課題なのかもしれない。
観光と環境の調和が取れた未来の温泉街。ひとつのロールモデルとなるのか。5年後に再訪したい場所がまたひとつ増えた。

People

取材に協力してくれた人たち

環境省 釧路自然環境事務所 / 阿寒摩周国立公園管理事務所 / 国立公園利用企画官

末廣 圭司郎

もともとは銀行で勤務していたという異色の経歴。銀行時代に釧路市のDMOに出向したことがきっかけで入省。北海道東トレイルの開通のために日々奔走している。

弟子屈町長

德永 哲雄

摩周農業協同組合代表理事組合長、釧路管内酪農対策協議会副委員長などを経て、2000年から弟子屈町長に就任。「『水』と『森』を守り、『人』が共に輝く、誇りと活力あふれる夢づくりのまち」を弟子屈の将来像に掲げている。

阿寒摩周国立公園川湯地域運営協会 副会長

宮﨑 健一

1980年に発足した川湯地域運営協会の中心人物。川湯温泉を流れる温泉の川を清掃するほか、つつじヶ原のガイドツアーなども実施している。川湯観光ホテルでダーツバーも経営。