#14
厳しい自然が育んだ
豊かさに関する5つの視点 (4/5)
撮影:木本日菜乃
文:櫻井 卓
山の恵みを料理に変えて
元禄時代に建てられたという重厚な建物。古くから修験者たちを受け入れてきた斎館。現在、ここで料理長を務める伊藤新吉さんは、実直、という言葉が良く似合う職人の雰囲気をまとった人物だ。
供されるのは、いわゆる精進料理。古くから修験者が厳しい修行を終えた後に食べてきたものだ。
盆の上に並ぶのは、まるで宝石、いや自然石のように美しく、そして力強さも感じる料理の数々。赤コゴミ、ワラビ、ブナカノカ(ブナハリダケ)、トンブリなど山の恵みたち。外内島キュウリなど、鶴岡の在来作物の姿もある。
そこには受け継がれてきた保存の妙があった。

「かつては、山菜は単品で使うことが多かったと聞きます。いまは合わせて使うことも多いので、違う形にはなっておるのかなと。基本的には修験の方が食べるものと同様ですが、修験の方にお出しする場合は、もっと品数は少なくなります。
修行が厳しくなればなるほど、使える食材などが限定されていきます。もっとも厳しい修行になれば、生きるために必要ないものは省く、というような形になります。もともとのルーツを辿れば、修行でお山から下りることができない。だからお山のものをいただく、ということなので、山菜を使った精進料理になっていったという経緯があります」
「食材は自然界から与えられたもの、と捉えています。ですので、お山でなにが採れたかによって、メニューも考案していく形になります。修験者の考え方として、お山のものを身体に取り込むことで山と一体になる。それ自体が修行になるというものがありますので、なにが作れるかは山の恵み次第です」

「それぞれの山菜には効能というものがあります。イタドリはそもそも痛みを取る、というところから名付けられておりますので、膝や腰の痛みに効くということで、いまはサプリメントにもなっているようです。フキは風邪の予防。これはいまでは科学的に証明もされております。フキノトウは癌予防の研究対象になっていますし、コゴミやワラビといったものは繊維が溶けにくいので整腸作用も期待できるとされています。肝臓に良いとされる胡麻も多用します。精進料理には山の恵みとこれまでの知恵が詰まっているんです。時代に合わせて変化もしてきています。ただ、古いものを捨てるのではなくて、そこに加えていくという形です。
最近では、山菜から出汁をとるということもやっています。それは昔から伝わっているものではないのですが、山の恵みという意味では純粋ですし、他の精進料理にはない特徴でもあります。
以前、イタリアのシェフが来られたときには、ここの胡麻豆腐にいたく感動されていたので、1週間ほど一緒に作業してお伝えさせていただきました。いまでは、自分のお店でデザートとして胡麻豆腐を提供されているようです」


「そうしたアレンジは加えつつ、いままで同様、続いていくというのが大前提です。山菜を採る方、我々のような作り手、そして召し上がる方。その循環がうまく行っていたのがこの地域だと思うんです。そのどれかが欠けてしまったら続けて行くことも難しくなります。例えば山のものを採らないとなってしまえば、山菜は生えては腐るということを繰り返すわけです。そうなると次からはその場所に生えてこなくなるんです。採る方がいるから、毎年の循環ができてくるということもありますので、そうした循環が続いていくというのが自然にとっても人にとっても、大切なのだと思います」

「こちらが、昨年採っていただいた山菜の保存場所になります。先ほどお出ししたものは、季節柄(2月下旬)こういった塩漬けされた保存食がメインになっています。
イタリアの食科学大学(世界で唯一の食科学専門の大学)でお話をさせていただく機会があったんですが、そのときに「なぜ冷凍技術が発達した現代でそういうことをしているのか」という質問をいただいたことがありました。
塩漬けにするのは保存という意味合いもあるのですが、食材によっては苦味が取れたり、歯ごたえが出たりと変化するものもあるんです。
イタドリを例に挙げると、そのままではアクや酸味が強すぎて食べることができません。それを取るために塩漬けするんです。食べられないものを食べられるようにする。山の恵みを余さずいただくための、昔からの知恵ですね」


「私自身は、保存も調理と捉えることができると思っています。だから今でもいろいろと試行錯誤を繰り返しています。アク抜きしたワラビをフードドライヤーで乾燥させてみたこともあります。そうすると黒っぽく乾燥したんですが、水で戻すと通常のワラビの色に戻った。これはおそらく通常の天日干しだと、紫外線によってワラビのポリフェノールが死んでしまうからだと思います。戻す時にも水と熱湯では食感が変わってきます。どちらが良いと言う話ではないんですが、これからまだまだ探求していく余地があると考えています」
伊藤料理長がここに勤めて30年が経つ。本人としてはまだまだ、だと言う。彼が精進料理を作る上でのテーマは「不易流行」という芭蕉の言葉。変わらない本質(不易)を熟知してから、はじめて新しい表現(流行)をすることができるということ。
守り、変化させ、繋いでいく。
厳しく長い冬が高度な保存という技術を生み、精進料理として脈々と受け継がれている。それもまた自然からの恵みに対する、ひとつの答えだ。
