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#14

厳しい自然が育んだ
豊かさに関する5つの視点 (5/5)

撮影:木本日菜乃
文:櫻井 卓

自然のサイクルに逆らわない食

食の都とも呼ばれる鶴岡。
その要因は月山の雪解け水がもたらす恵みによるところが大きい。
そのお陰で農作物もよく育つと、知憩軒の長南 光さんは言う。この農家民宿では、民泊ができるほか、ランチだけいただくこともできる。
食卓に並ぶのは一汁三菜と保存食の小鉢。どこか懐かしい日本の原風景のような料理たちだ。野菜や山菜のほとんどが長南さんみずから育て、採ってきたもの。もちろん農薬などいっさい使っていない。その土地の豊かさは食に直結しているのではないか。そんなことを思わせる、滋味深い味わいで、目にも美しい。
料理と空間。そして彼女が語る言葉。どれも心地よく身体に響く。

「このへんは保存食がないと生きていけなかったの。冬場はなにもとれないから。昔はスーパーなんてなかったからね。だから根菜類を春まで食べられるように上手に保存して、あとは山菜。春に採って食べきれなかったものを塩漬けにしたり乾燥させたり。春までって言っても、山菜と違って野菜は種を蒔かないといけないから、田植えが終わってからだね、うちは。
この風土に合わせて成長したものを食べたいし、食べてもらいたい。いまは無肥料、無農薬で育てていて、ひとりで面倒みてるのよ」

「日本全国、海の外からも来てくれるよ。何回も来てくれる人もいるしね。そういう人は食事が自分に合うって言ってくれる人が多いね。食べるものってやっぱり合う合わないがあると思うの。だから自分からは宣伝しません。団体さんで来てもやっぱり1人2人は食べない人がいるものね。うちで出すのは昔の料理だからね。食べてないんだ、いまの人たちは。カタカナの付かない野菜たちだから」

「春は山菜。それで冬に溜まった毒素を出す。春になったら在来作物の種を蒔いて、秋に収穫。土の栄養がたっぷりだから、それを保存して冬を越す。自然界が人間にとって良いように作物を育ててくれてるから、それに逆らわないで食べていれば健康なの。ここでトマトが採れたとしたら、身体が受け付ける季節になっているんだけど、3月とかに南のほうから持ってきたスイカを食べたら、身体は壊れていくの。その土地で採れたものを、その土地の方法で食べていけば、病気にならないし、健康でいられると思うよ。
いまは目で食べようとしている人が多いよ。身体が欲するから食べるのが一番。わたしは料理の修業もしてないのよ。食べていれば身体が覚えていくから。料理は身体で伝えて行くものなの。
食をおろそかにすると、子供たちにしわ寄せがいくよ。アレルギーもそう。結局親がなにを食べていたかだと思うよ。前に来た子供は食べられないものリストっていうのを持たされていてね。すごい量なの。あれでは可哀想。学校給食をもっと地産地消にすれば良いって、前々から言っているんだけどね」

「食は基本。生きているうちにどれだけ食べると思うの。それにしたって食卓に並ぶまでにどれだけの人の手がかかっているか、想像したことある? なんでもお金で買えちゃう時代だから、お金さえ持っていれば豊かと思うかもしれないけど、実際に野菜は作れないでしょう? 人によって生かされているということを、たまに思い出した方が良いと思うよ。このまま行ったら怖いよ。知恵がいらないんだもん、お金があるから。
少しでも良いから、自分の手で作ってみるといいよ。プランター栽培でもなんでも。ありがたみも変わるし、美味しさも違うし、捨てられなくなる。
わたしはパーマも化粧もドレスもいらない。でも器はちょっとこだわってるのよ。お金はないけど、必要なものは全部ある」

綺麗に食べ終わったあとも長南さんの魅力的な話に引き込まれて、気付けばあっという間に2時間近くが経っている。
毎日、こういうご飯が食べたいというのが素直な感想だ。
猫と一緒に、いつまでも手を振って見送ってくれる長南さん。まるで故郷に来たかのような心持ちになる。美味しい食事と楽しい会話。それさえあれば十分に豊かなのだ。

今回、磐梯朝日国立公園に暮らす5人の人々を取材して考えさせられたのは、多様性。そして真逆にはなるが、ある種の共通性。
同じ自然の恵みでも立場や暮らし方などでそれぞれ捉え方が異なるのは当然と言えば当然の話なのだが、根底には共通する意識のようなものがあるように感じた。
いろんな捉え方があって良い。豊かな文化と食。それを育んだのはこの地の自然だということに、違いはない。それを忘れずに繋いで行くこと。この地の自然が多様であるのと同様に、さまざまなアプローチがあってしかるべきなのだ。

People

取材に協力してくれた人たち

知憩軒

長南 光さん

生まれも育ちも庄内。3人兄弟の農家の末っ子として生まれ育ち、農家民宿の先駆けである「知憩軒」をオープン。2004年からはランチを提供する農家レストランとしての営業もスタート。日本だけでなく海外のファンも多い。お孫さんたちは、みんな食の道に進んでいるという。