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Discover

#10

海と人が育む優しい環
(3/4)

  • バリアフリーツアー
  • マリンアクティビティ
  • 伊勢志摩国立公園

撮影:木本日菜乃
文:櫻井 卓

垣根のないフラットな世界

バリアフリー ツアーというものが生まれたのは、ここ伊勢志摩だ。
「行けるところより、行きたいところに」
この素敵なキャッチコピーは、野口あゆみさんが事務局長をつとめる「伊勢志摩バリアフリー ツアーセンター」が掲げているものだ。
あゆみさんがこの活動を始めたのは、ある人との出会いがきっかけだったという。
バリアフリーツアーセンター副理事、セイラビリティ伊勢の会長を兼任する、現在の旦那さんである野口幸一さん。車椅子を使用している。

「当時タウン誌の編集に係わっていたのですが、彼から『障がい者が知りたい情報がない』という指摘をもらって」

「僕たちはバリアフリーだからそのレストランに食事に行くのではなくて、そこに行きたいから行くんだ」という言葉にハッとさせられたという。それまでのバリアフリー情報というのは、バリアフリーになっている場所についての情報しかなかった。ここなら行けますよ、といういわば受け身の情報。そうではなくて、行きたくなるような魅力的な場所に、どれだけ段差があるのか、エレベーターはあるのか、そういう現場の情報が知りたい、というのが幸一さんの考え方だった。

「それが分かっていれば、たとえば段差を越える方法を考えたりするわけです。でも情報がないとそれもできない。最初から諦めるしかないというのは、面白くないですよね」

そんな幸一さんの意見をもとに、現地の情報をありのまま伝えることに特化した情報誌を制作し、その2年後にNPO法人伊勢志摩バリアフリーツアーセンターが発足した。

「選択肢を増やすということを意識して作っています。行ける場所だけ提示するのではなく、行きたい気持ちを起こさせるということもとても大切です。そして、人が入ってくれば、おのずと設備のほうも整ってくるはずなんです」

どこかに行きたい、なにかをしたいと考えたとき、何かしらのバリア(障害)は付きものだ。それをどうやって越えていくか。実はそれも楽しみのひとつなのだ。健常者か障がい者かというのは、その思いに関して関係がない。

「たとえば、病院でのリハビリではどうしても上がれなかった2段の段差が、ここに行きたいという、思いのお陰で越えられることだってあると思うんです」

人の環はさらに繋がって行く。現在、幸一さんはハンザというヨットに夢中だが、そのきっかけも「セイラビリティ伊勢」をのちに発足させる強力 修さんと、あゆみさんがつながっていたからだという。

ハンザとは、船体の形状などを工夫することで、転覆の危険性を極限まで減らしたヨット。障がい者だけでなく、子供や高齢者でも楽しむことが出来るようにという思いから、オーストラリア人のクリス・ミッチェル氏が開発したものだ。

幸一さんがハンザで海へ出る。隣でサポートする人が同乗するわけでもなく、完全に単独だ。風を受けたハンザはすーっと気持ち良さそうに進んで行く。
試しに一人で操船させてもらったが、これがなかなか難しく、思ったように進んでくれない。自然を前にすれば、人はいつでも平等だ。
セイラビリティ三重では、独自開発のB-SAMというアプリを入れたスマホを使うことで、目標となるブイまでの距離と方向をヨットに乗りながら聞けるようにした。これのお陰で、視覚障がいを持つ人も、補助なしでハンザでのレースを楽しむことができるようになった。

「我々はインクルーシブな競技を目指しています」

名は体をあらわす。ひと目みただけで、パワフルかつカリスマ性に溢れているであろう、セイラビリティ三重の強力 修さんが言う。ここで言うインクルーシブとはつまり、健常者と障がい者が同じ舞台、条件で競い合うということだ。

「でも現状では、インクルーシブという部門があるのに、同じ大会に別で障害者の部門があったりする。おかしいですよね。ことハンザに関して、健常者と障がい者を分ける必要はないと思っています。さらに言えば、障がいにもさまざまなものがありますが、そこの壁すらなくして、同じ土俵で楽しんで欲しい。B-SAMを開発したのもそういう思いがあったからです」

勝ち負けは置いておいて、チャレンジ自体は平等にできる世界。まっすぐ眼をみて喋る強力さんの言葉には優しさと迫力が同居している。

「それまでいろいろな競技をやっていたんですが、ヨットだったら健常者と対等の立場で勝負ができる。優勝だって夢じゃない。燃えますよね」

幸一さんが生き生きとした笑顔で続ける。

バリアフリーツアーやハンザを推進することで、すべての人に美しい景色を眺めたり、ハンザなどのアドベンチャーを楽しむチャンスがある。伊勢志摩国立公園の独自性はまさにそこかもしれない。障がい者でも高齢者でも楽しむことができる、門戸が開け放たれた国立公園なのだ。
バリアフリーツアーセンターにしても、セイラビリティにせよ、どちらも営利を超えたところでの活動だ。その根っこにあるのは人の環が生む、平等と親切の精神だ。古くからさまざまな旅人たちを受け入れてきた伊勢神宮の影響、お伊勢さんDNAのようなものが受け継がれているのではいだろうか。ついつい、そんな仮説まで膨らませてしまう。

People

取材に協力してくれた人たち

伊勢志摩バリアフリー ツアーセンター

野口 あゆみ

鳥羽市にある日本初の着地型旅行案内センターとして、障がい者に向けた旅行案内をはじめ、啓発活動、バリアフリー調査などをおこなっている。

セイラビリティ三重

強力修(右)

写真右から、セイラビリティ三重の会長のほか、ハンザヨットのディストリビューターも務める強力修さん、セイラビリティ伊勢の代表である野口幸一さん、セイラビリティ三重事務局長の景山裕二さん、セイラビリティ伊勢メンバーの岡野敏文さん。