#5
水の巡りと火への敬い
受け継がれる共生の物語
(4/4)
- ブナ
- 上信越高原国立公園
- 自然と文化
- 道祖神祭り
撮影:木本日菜乃
文:櫻井 卓
野沢温泉村の火の祭り
1月。ふたたび野沢温泉を訪れていた。
「祭りをみないとダメでしょう」という河野さんの言葉に背中を押される形での再訪だった。
道祖神祭り。野沢温泉村で古くから続くお祭りで、江戸時代後期にはすでに盛んに行われていたという記録が残っている。山からおろした5本の御神木を中心とした社殿を2日がかりで作り上げ、最終日にはそれに村人たちが炎をうつし、盛大に燃やす。日本三大火祭りのひとつで、国の重要無形民俗文化財に指定されている。
御神木は古くからブナの木だという。水の巡りにブナの存在が欠かせないということは、古来から受け継がれてきたのだ。



松明を振りかざしての、村人たちの派手な攻防戦がフィーチャーされがちだが、そこが祭りの本質ではない、初灯籠が大事だと、地元の人は声を揃える。
初灯籠は、野沢温泉の村で男児の初子が生まれると、子どもの健やかな成長を祈って道祖神祭りに奉納される。
子供のため、ひいては未来のための祭り。
「5回目いくか!」
仲の良さそうな10歳くらいの子たちが言う。子どもたちが夢中になって松明に火を移して社殿へと向かう。このお祭りは大人だけでなく、子どもも積極的に参加する。
瞳を炎でオレンジに輝かせているこの子たちが42の厄年を迎え、祭りの主役をつとめるころ、野沢温泉村はどういう場所になっているのだろう。


天に昇ってゆく火の粉と舞い落ちる雪のコントラストが美しい。顔に熱を感じた直後、社殿が燃え上がる。あんなに頑張って作っていたのに、と多少の切なさを覚えるが、これもまた巡りの一部なのだろう。
「この風景はずっと変わらないよ」という声に振り返ると、いつの間にかブナの森でお話を伺った森紀一さんの姿があった。水の巡りと火山の恵み。いつだって豊かな暮らしの背景には自然の力がある。それを伝えていくこと、繋いでいくこと。その大切さをあらためて実感する。
今回訪れた野沢温泉村や嬬恋村のように、古くから自然からの恵みを享受している個性的な場所は日本各地にある。そしてその暮らしに寄り添うような形で多くの国立公園が指定されているのを知ると、観光に振り切らない、人の暮らしと共存するかたちで存在する日本の国立公園の意義深さをあらためて感じる旅でもあった。

「目出度建てた、命あるなら来年も〜。また来年も〜。命あるなら来年も〜。唄えばつける、サアてば友だちゃ良いもんだ〜」
祭りがクライマックスを迎え、道祖神祭りの歌がリフレインする。自然と人、そして人と人。共生という意味をあらためて考えてみるべきなのじゃないか? 燃え落ちる社殿を前に、そんなことを考えていた。

