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#6

北方という厳しい環境における
未来へ向けた自然と人との対話
(1/3)

  • 利尻山
  • 利尻礼文サロベツ国立公園
  • 日本百名山
  • 登山道整備

撮影:木本日菜乃
文:櫻井 卓

利尻山登山道整備の厳しい現実
日本で一番“えぐれてしまった”登山道へ

利尻礼文サロベツ国立公園を訪れたとき、圧倒的な存在感で出迎えてくれるのが利尻山だ。利尻富士とも呼ばれるその美しい独立峰は、利尻礼文サロベツ国立公園のさまざまな場所から望むことができる。
日本百名山の中でも最北端に位置するので、百名山完登の最後の締めとする登山者も多く、毎年雪解けの直後から国内だけでなく海外からもたくさんの登山者が訪れる。

そんな美しい山に、いま危機が訪れている。

利尻山の厳しい気候条件と崩れやすい地質。そこに利用のインパクトが重なり、登山道整備が追いつかない箇所が出てきているという。
早朝4時30分。鴛泊登山口で、利尻山の登山道整備を続けているトレイルワークスの岡田伸也さんと、利尻山登山道等維持管理連絡協議会の事務局の熊谷洋人さんの2人と合流する。
「ここが整備した場所なんですよ」
五合目付近で岡田さんが登山道を指差すが、自然岩が並んでいるだけで、ぱっと見にはわからない。

近自然工法。自然界の構造を施工に取り入れる登山道整備の方法で、一般的な「ただ歩きやすくする」だけの整備とは違い、生態系を復元させることを第一義に考える工法だ。そして、できるだけ自然物を利用するのもその特徴。
「自然になじむのは、近自然工法の良いところでもあり、ある種の弱点でもあるかもしれません。人の手が入ってはじめて、登山道が維持されているというのが分かりにくいですからね」
その山の特性をよく見て、それに合った最善の工法を。だから近自然工法に、“これが正解”という模範解答はない。
「理想は予防です。壊れそうな予兆を見極めることが重要。壊れるのはあっという間ですが、直すのはとても時間と労力がかかりますから」
だが、ここまでは通常の山の登山道整備とそこまで大きくは変わらない。
利尻山が難しいのはこの先からなのだ。

八合目付近の長官山に着くと、稜線の先に利尻山の頂上付近の姿がはっきりと見えてくる。その美しさは、同時に脆さも内包していると岡田さんは言う。
「あそこを見てください」
利尻山避難小屋を越えたあたりで、岡田さんが指差す。山が欠けている。
通称・3mスリットと呼ばれる場所。
「あそこはたぶん、日本で一番えぐれてしまった登山道です」
そこから先は突然地質が変わる。利尻山の登山道整備を困難にしているスコリアが現れる。スコリアとは火山礫のことで、利尻山の上部はこのスコリアが降り積もっている。スコリアは非常に崩れやすく、雨や人が歩くことによってどんどん下に流れていってしまう。実際に歩いてみると、地面を崩さないようにするのに一苦労なのだ。

「半分くらい減ってる。ありがたい」
岡田さんの目線の先には登山道脇に積み重ねられた土嚢袋。上から流出したスコリアが詰まっていて、これを再び運び上げるのだ。看板を設けて登山者への協力を募っているという。
土嚢を5つ背負子に固定してから、いよいよ、日本で1番えぐれてしまった登山道へ。
「昔はこの上を歩けていたんですよ」と、利尻で生まれ育った熊谷さんが約2m上の頭上を指差す。
風雨にさらされ、登山者が歩くことでここまでえぐれてしまったのだ。2006年には約3mえぐれていたこの場所は、岡田さんらの努力によって、いまでは2mほどまで回復している。
岡田さんいわく「スコリアの山で整備がうまくいっている前例がない」という。
だから独自の試行錯誤が必要になってくる。
「色々試しています。例えば、以前使った樹脂製のジオセルというものは、湾岸戦争の時に砂漠で戦車を走らせるために使われたらしいのですが、ちょっと強度的に問題がありましたね」
そんな時に岡田さんが偶然浜に打ち上げられているのを発見したのがコルゲート管という水道工事などに使われる巨大なパイプだ。
「これだ、と思って、そのまま山に担いでいって試してみました」
このパイプを縦に置き、さきほど運び上げた流出したスコリアを中に封じ込める。それを積み重ねることでえぐれた場所の高さを出し、平坦地を作ることで流出を止めるという目論みだ。

「スコリアは崩れやすいのが弱点ですが、こうやって一度平らにしてしまえば水を全部吸い込んでくれるから安定するんです」。
今後はもっと高く積みあげて上と同じ高さにする必要があるととのこと。流出したスコリアを運び上げ、パイプに詰めるというループをあと何度繰り返せば良いのか……。
「これを聞いたら、さっきの土嚢袋をもっと運びたくなるでしょ?」と熊谷さんが笑うが、怖いほどにえぐれた登山道を前にすると、そんな冗談も耳に入ってこない。
景観について言われることもあるという。たしかに真っ黒なコルゲート管は、自然界においてはかなり異質な存在感を放っている。
「批判も多い工法だとは思うんですが……。人間だけの自然ではないですから、見た目を気にしている場合ではないと思っています。10年も経てば植生も戻って、覆い隠してくれるはずです」

利尻山の山頂に立つ。360度、見渡す限りに広がる美しい海が見える。平日だというのに頂上には次々に人がやってくる。岡田さんのような人の努力がなければ、この山頂からの景色が望めなくなる日が来るかもしれない。そんな危機感から「これからも利尻山を登山するために、なにが必要ですか?」という質問が思わず口をつく。
「人も足りていないですし、資金的にもそうです」
いまはボランティアはゼロの状態。クラウドファンディングも検討しているという。
やることは山ほどある。とくにリーダーとして動ける人材を育成するには何年もかかる。
「最大の課題は“人”ですかね。人員的にも登る人の意識も。登るなと言いたいわけではなく、少なくとも現状を知って欲しいと思います」
山が好きなら、この実態を見れば協力したくなるはず。やはりまずは関心をもって、知ることが大切なのだ。

利尻山から下山途中。この日に同行してくれた熊谷さんのホームマウンテンだというポン山に立ち寄る。
「ササ原を刈ったらね、トドマツの赤ちゃんが芽吹いてきたんですよ」と、嬉しそうに見せてくれる。人気の百名山と地元の低山。それぞれのやり方で整備している。ポン山の整備に関しては、熊谷さんが自主的にやっているのだという。
「将来が楽しみです」と、誇らしげにトドマツの苗を見る熊谷さんの目は、我が子を自慢するそれだ。

People

取材に協力してくれた人たち

トレイルワークス代表

岡田 伸也

2006年にアクティブレンジャーとして利尻島に来た際に、登山道の荒廃を目の当たりにし、西日本科学研究所の故・福留脩文氏に近自然工法を学ぶ。その後2011年に利尻島で登山道整備会社「トレイルワークス」を立ち上げる。国内外の登山道整備のやり方なども参考にして、利尻山に最適な登山道整備の方法を模索している。

自然ガイド

熊谷 洋人

生まれも育ちも利尻島。もともとはボランティアで利尻の自然を案内しはじめ、4年前から自然公園指導員に。自身が整備している地元の低山、ポン山には通算で1000回以上登っている。