#11
種を蒔く存在としての移住者と
共に育てるローカルの関係
(3/3)
- せとだレモンマラソン
- 人の繋がり
- 瀬戸内海国立公園
撮影:木本日菜乃
文:櫻井 卓
スポーツとレモンで蘇るローカルの誇り
舞台は瀬戸田に移る。
この瀬戸田は、昭和初期の頃は一大観光地として賑わった場所。それ以前も江戸時代に西回り航路が発達したことで、寄港地として多くの船が立ち寄った。
出迎えてくれたのは、小林亮大さん。爽やかな空気をまとう、まさに好青年という言葉がぴったりだ。4年前に東京から瀬戸田に移住してきた。
瀬戸田の賑わいを復活させ、地域の誇りを取り戻す。小林さんが取締役をつとめる「Staple」の目標のひとつだ。「Staple」は、都市と地域を繋ぐソフトデベロッパー。ここ瀬戸田では、島にとって海からの玄関口である瀬戸田港のすぐ近くの一角で、カフェ、ロースター、ホテルなどの集合体である「SOIL」を経営している。使っているのは明治時代からある塩蔵やかつて民家だった建物。古くからの町並みに配慮して過度に都会的にはせず、「瀬戸田にお邪魔します」という姿勢が好ましい。
「ただ観光地として盛り上がれば良いとは考えていません。来た人もいつかここに住んでみたいなと思えるような場所であったり、いま住んでいる人も住み続けたいと思えたり、一度島を出てしまった人も戻ってきたくなる。そんな場所になると良い。ただお店などを作って終わりではダメだと思っています」
分かりやすい観光名所を作るのではなく、地元の人が欲しいものをまず作る、というスタンスだ。ただ、いきなり東京の会社が瀬戸田にやってきたら、地元の人からは“黒船”に映りかねない。
「仲良くなるのはシンプルですよ。飲みです(笑)。いかに長い時間を共有するかが理解への鍵だと思ったので、移住を決めました。そうするとお客さんではなく、僕が町の一番下っ端になりますよね。黒船どころか丁稚の心構えでした」


外周約24kmほどの小さな島だが、1年に1回、この生口島に日本中から多くの人がやってくるイベントがある。
「せとだレモンマラソン」。小林さんが中心となって開催している大会だ。
「ちょうど島の周囲が約24kmということもあって、よく飲みながら、ハーフマラソンの大会やったらおもしろいよね、という話はしていたんです。「SOIL」としての関わりはやはり企業としてのそれなので、地域の行事を地元の人と一緒に作りたかったんです」
マラソン大会を開催することで垣根を超えた関係性が生まれた。大会のコンセプトは「地域の誇りになる大会」「環境負荷軽減へのコミットメント」「スポーツツーリズムの促進」の3つ。
マイボトルランや、紙をできるだけ使わないなどの取り組みは以前からおこなっていたが、3年目となる今年はカーボンオフセットの取り組みも強化した。大会で排出される二酸化炭素を計測し、減らす努力をする。それと同時にカーボンクレジットを購入してオフセットし、地域内の環境保護活動に使う。
イベントでは人が動く。そうなると日常よりも二酸化炭素量は増えることになる。でもそれをやらないと地域が活性しない。だからこそ、いま取れるアクションを詰め重ねる必要があるのだ。それによって、カーボンオフセットや環境配慮に意識が向く。今後さまざまなスポーツの大会に必要な要素だ。
昨年の参加ランナーは1350人。約200人近いボランティアも島の人を中心に集まった。当然、島外の人と地元の人の交流もたくさん生まれた。スポーツによる地域活性、だけでなく内と外が繋がる仕組みができたのだ。
港の近くでは、多くのランナーを見かける。心地良い風が吹き抜ける海沿いの道。遠くに見える里山。ここを走ったらさぞかし気分が良いだろう。この自然を守りたいという意識も生まれるはずだ。

後ろにひっくり返ってしまいそうな急斜面を軽バンで登っていく。運転席に座るのは「れもんだに のうえん」の永井英夫さん。レモン印のキャップが素敵だ。
窓を開けると、かすかにレモンの香りがする。
瀬戸田といえばレモン。ここ生口島は国産レモンの生産量の約4分の1を占めていて、1927年に国内で初めてレモン栽培がおこなわれたことから、レモンの故郷ととも呼ばれている。
せとだレモンマラソンの給水所では、瀬戸田レモンを使ったレモン水が提供されていて、ランナーにも人気だ。
作業も大変だろうに、こんな急斜面に畑を作るのは日照の関係だ。海からの照り返しを受けて、レモン畑には元気なレモンたちが生っている。
永井さんのレモン農園は農薬も肥料も使わない、いわゆる自然栽培。



いくつかもいでくれて、永井さんがサッと皮にナイフを入れると果汁が飛沫となって吹き出す。その途端に驚くほどレモンの香りが強くなる。苦味がいっさいない、フレッシュの塊だ。炭酸水にくわえて飲むと、自分の鼻腔からレモンの良い香りが抜けてくる。いくつかレモンを切っただけなのに、屋外にもかかわらず辺りには爽やかな香りが漂っている。
「香りというのは果肉ではなく、皮からするものなんです。だからレモンは皮が命だと思っています」
さきほどから気になっていたのだが、永井さんがかぶるキャップに刺繍された“皮”という文字はそういうことだったのか。レモンは皮なのだ。
「肥料を与えてしまうと栄養過多になって皮の部分に苦味が溜まってしまうんです。有り余る栄養を実として落とすことで樹木本体を守っているんですね。海外産とかだと、農薬をたくさん使っていることもあります。そうなると皮は使えないですよね」
だから「レモンは皮」の永井さんにとって自然栽培という選択肢は、しごく当然なことなのだ。


引き続き、小林さんと瀬戸田を歩く。
しおまち商店街の海側入口に立派な建物がある。築140年の旧堀内邸。かつては製塩業や海運業を営んでいた豪商の邸宅だった。地元の人からすれば、集会所のような使われ方もしていたという思い出の詰まったシンボリックな場所だ。
現在は「Azumi Setoda」という高級旅館として生まれ変わっている。いや、生まれ変わったというのとは少し違うかもしれない。梁などは当時のものをできるだけ残し、食器なども流用したり、展示品にしている。外観にいたっては、ほぼ当時の面影を残したままだ。地元のシンボルを復活させたというのが正しい。
「いい変化だと言ってくれる人が多かったです。蜜柑もってきてくれたり、とても良くしてもらっています」と、Azumi Setodaのマネージャーである窪田淑さんが言う。隣人宅はわざわざ自腹で建物の色を合わせてくれたというから、この建物への想いが伝わる。
現地の人にもスッと受け入れられたのは、そこに土地へのリスペクトがあったからだろう。くわえて昔から自分たちの町にあった歴史的な建物を目指して、いろんな場所から人がやってくるのは、地元の誇りにも繋がるはずだ。



商店街を歩くと、店の人が小林さんを見つけては、親しげに声をかけてくる。
なかでも「しおまち商店街の輪」の会長である山口広三さんは、移住当時からお世話になったという。
「地元の人間だけでは新たな発想も生まれないし、そもそもどうやったら良いかもわからないという悩みはあったんですよ。そんな中、小林くんのような若い人たちが外からやってきて、この商店街の価値を再発見してくれた。嬉しかったですよ。マラソン大会もそうだけど、次から次へと新しい仕掛けを熱意を持って提案してくれる。だけじゃなくて、自称“なんでも屋”を名乗ってとにかく動くんです」
物事を変えていくのはそういう想いの強さなのだ。商店街をなんとかしたいという地元の想いと、可能性を感じた小林さんたちの想い。その両者を繋ぐためには、山口さんのような懐が広い人物が欠かせない。
「小林くんはやると決めたらやってまう。その行動力は地元の人間にとっても良い刺激になりますよ。島の子供らも彼らと触れあって育ったら、広い視野で夢を持てるようになるんではないかと期待しています」
なにやら親しげに話しながら、商店街を肩を並べて歩く2人は、どこか親子のようにも見えた。


地域を盛り上げるために大切なこと。それはやはり地元の人が誇りを持つことだと思う。だが、そうなるには逆説的に外からの目線が必要なのだ。今回の旅では、大型のリゾート型開発ではまず不可能な、さまざまな地域活性の形を垣間見ることができた。
移住者は、余所者でも黒船でもない。種を蒔く存在、という側面があるのかもしれない。島の中だけを見ていたら生まれにくい感覚をふわりと持ち込む綿毛。その種が育ったとき、移住と地元を超えた、じんわりとした温かみのある関係が生まれる。
移住も地元も、外国の人だって関係ない。日本の豊かさは、すべての人にとっての“自分事”なのだ。



