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Discover

#8

流氷が紡ぐ命の巡り
(2/3)

  • オホーツク海
  • 知床国立公園
  • 野生動物

撮影:木本日菜乃
文:櫻井 卓

生き物たちの痕跡を追って。

野生動物の痕跡を探して、ガイドの若月 識さんと原生林へと入って行く。

エゾリスの足跡が楽しい。

木から下りてきて、急いで道を横切って別の木に登ったらしい。ちょっとリスクを冒してでも、道を挟んだ向こう側にある食べ物が必要だったのだろう。決死の覚悟で道を横切る様子を想像すると、なんだか微笑ましい。

「これは、ヒグマの爪痕です」
立派なトドマツにクッキリと残されている。ヤマブドウのツルが絡みついているところを見ると、どうやら木に登ってブドウをムシャムシャと頬張ったようだ。

クマゲラの食痕の大きさには驚いた。人の二の腕くらいの穴が穿たれているのだ。しかもそれが頻繁に見つかる。大きな体を維持するために、森中を飛び回ってエサを探しているのだ。毎年変えるという巣穴も多く見つかる。それを間借りしてモモンガが越冬したりするのだという。

「サルノコシカケっていうキノコを利用して庇付きの巣を作ったりもするんですよ。いろんな工夫が見えて、それぞれ個性的なんです」

クマゲラが木をつつく時に発するドラミングの音が聞こえないかと、しばらく耳を澄ませる。残念ながらドラミングは聞こえないが、雪が舞い落ちる音、ときおり吹きすぎる風、木々のこすれる音など、驚くほど多くの音が聞こえる。

「痕跡から想像力を働かせると、いろんなものが見えてくる。楽しいですよね」と若月さんが言う通りなのだ。無理に近寄って撮影しなくても、少々の知識と想像力があれば、気配だけでも十分に楽しめるはずなのだ。

近年、知床では人によるヒグマへの接近が問題になってきた。ヒグマを撮影したいがために、必要以上に接近しすぎてしまう人が後を絶たなかった。人慣れしてしまったヒグマは問題個体になりやすく、知床財団が中心となって様々な注意喚起をおこなってきた。2022年4月には改正自然公園法によって、国立公園内での野生動物への餌付けや接近などが規制対象となり、知床では2023年10月から、30m未満への接近と50m未満で付きまとう行為に対して、罰金を課すことも可能になった。

多くの写真愛好家や観光客も、野生動物が好きで知床に来ているはずだ。人間都合で近寄って、万が一事故が起こったりしたら、殺処分されるのはヒグマのほうなのだ。近寄って撮影することが格好悪い行為と捉えられるようになってほしいのだが。

「これはエゾシカの足跡です。深い雪の中を埋まりながら進んでいるのが分かりますよね。これを見ると、冬の鹿たちって大変なんだなあと思ったりします」という若月さんに導かれ、さらに進むと、木陰にぽっかりと雪がない部分を見つける。鹿の寝床だ。そしてその森の奥には寒さに耐えて静かに佇む鹿の姿があった。
鹿も必死に生きている。増えすぎて鹿の食害などと言われてしまうのも、元を辿れば人間の開発によって生息地を限定された結果だし、天敵だった狼を絶滅させたのも人間だ。

「この枝の先、鹿に食べられた跡です」と若月さんが教えてくれる。
何気ない倒木にも隠された意味がある。木が倒れたから、鹿が上の柔らかい芽を食べることができたのだ。
秋に見たサケの遡上のシーンも思い出される。力強い遡上の末、産卵後に命尽きてしまうサケたちの亡骸。いままさにカモメに食べられているものもいた。
知床は、なにかの死が、ほかの生へと繋がって行くのがよく見える土地だ。

「それだけ厳しいんですね。弱った鹿が死ぬのを待って、ずっと近くに待機していたキツネを見たこともあります」

森を抜け、オホーツク海へと出る。
断崖絶壁の氷り付いた滝に、流氷が押し寄せている。圧巻の景色だ。

「極地にでも行かないと普通は見られない風景です。何度見ても言葉を失います」

空を見上げると、上昇気流に乗ったオオワシが、気持ち良さそうに知床連山の方向へと飛び去っていく。

海からの風が強く吹いている。

流氷を運んできたオホーツクからの風だ。
風に乗ってやってくるのは流氷だけではない。
ヒグマとならんで知床を代表する動物。オオワシやオジロワシなどの海鷲たちだ。

「ワシがもっとも影響を受けるのは人間なんです。すぐ脇をクルマが走っていたりしても繁殖を続けるんですが、不思議なことにカメラマンひとりがすぐ近くで狙っていたりしたら、放棄してしまうこともあります」という中川さんの言葉を思い出す。

オジロワシは原始の森だけでなく、農地のすぐ脇、国道のすぐ脇などにも営巣している。最近では、オジロワシの営巣地が見つかると、その周辺での工事なども繁殖期を避けたりもする。過去には電線による感電死も多かったが、電柱に止まり木を作るなどの対策もしている。

「オオワシ、オジロワシともに、多いのは列車事故です。ちょっと不思議に思いますよね。都会じゃないし本数だって多くない。鹿が増えすぎていて、しばしば列車事故に遭うんですよ。その死体を食べに寄ってきた鷲たちも事故に遭ってしまう。国道沿いなどであれば、すぐさま鹿の死体も撤去できるんですが、線路沿いだとそうもいかない。なかなか対策も難しいんですが、専用のシートで鹿の死体をくるんでしまうという方法がいま試されています」

近年だと、オジロワシが風力発電の風車にぶつかってしまう事故も増えている。オジロワシ保護も風力発電も引いてみればどちらも環境を配慮した努力の形なだけに切なさがある。

環境省の井村大輔さんたちの海鷲調査にも同行させてもらった。定期的に同じ時間に同じルートを周り、個体数をカウントしていく地道な作業だ。

「今の時期は羅臼側のほうが多いんです。あっちはスケソウダラの漁期ですから、漁網から溢れたおこぼれを狙っているんです。ウトロ側はやはりサケがくる秋が多いですね。日によっては100羽以上カウントすることもあります」

この海鷲調査以外にも、知床では環境省が中心となって、さまざまな長期モニタリングをおこなっている。ヒグマ個体群、河川におけるサケの遡上数、産卵場所などだ。
この取り組みを始めて10年が経つ。何かが分かるとすればまだまだ先だが、こうした今の努力が現在への警笛となり、未来へと繋がっていくのだ。

オジロワシの巣はなんと畳2畳分ほどの大きさがあるという。道路脇にそれらしい物を見た気がしたが、中川さんの話を聞いた後だと、いたずらに刺激したくないという気持ちのほうが強い。撮影は控えることにする。

People

取材に協力してくれた人たち

公益財団法人 知床自然大学院大学設立財団

中川 元

元・知床博物館館長。40年以上にわたって知床の自然を見続けている。専門は猛禽類など鳥類の生態と保護管理で、生物多様性保全に関する著作や啓発活動を続けている。財団が毎年開催する「知床ネイチャーキャンパス」には全国から多くの受講生が参加している。

知床のガイド屋 pikki

若月 識

知床で20年以上ガイド業を営んでいる。貸し切りガイド・オーダーメイドツアーがメインで、春から秋は知床五湖トレッキング、冬期は知床の森でのスノーシューツアーなどを開催。北海道知事認定アウトドアガイド。

環境省 ウトロ自然保護官事務所

井村 大輔

国立公園利用企画官として日本の国立公園を世界の目的地とするため、様々な施策に取り組んでいる。今年、指定60周年を迎える知床国立公園ではさまざまなイベントも開催予定。ザ・ノース・フェイスと連動し、石川直樹さんや田中陽希さんによるトークイベントやツアーなども9月に予定している。