#15
互恵で成り立つロングトレイル
(3/3)
- ロングトレイル
- 三陸復興国立公園
- 加藤則芳
撮影:木本日菜乃
文:櫻井 卓
歩くことで見えてくること
引き続き、複雑な地形の中を歩いていく。
ロングトレイルの魅力は、目的地だけでは測れない。車では通り過ぎてしまう景色、地図には載らない営み。その一つひとつに出会えることこそ、歩く旅の醍醐味だ。
この日歩く大島は、夏には海水浴場で賑わう観光地だ。
「かつては仙台から気仙沼方面に向かう車で道路が渋滞するほど、多くの人が訪れていたんですよ」と、今日の案内役を買って出てくれた熊谷俊輔さんが教えてくれる。
しかし震災を経て、いま再び人を呼び込んでいる魅力は、かつてとは少し違う。海水浴や景勝地を目的に訪れる観光から、その土地の歴史や暮らし、人との出会いまでを楽しむ旅へ。
熊谷さんがガイドしている気仙沼漁港の水揚げツアーも人気だという。もちろん、みちのく潮風トレイルを歩くハイカーの影響も大きい。


亀山山頂からは、大島全体を見渡すことができる。昨日歩いた唐桑半島、遠くには金華山も望める。ハイカーにとって、山頂とは必ずしも到達点ではない。歩いてきた道を振り返り、これから進む道を想像する場所でもある。
「赤瓦のせいか、どこかヨーロッパのような雰囲気もありますね」と森。
高い場所から眺めることで、それぞれの地域が持つ個性や違いも見えてくる。
この亀山には、最近ケーブルカーも整備された。歩く人だけでなく、より多くの人が島の魅力に触れられる場所へ。暮らしの復興から、地域全体を、訪れる人と育てていく段階へ。大島では、新しい観光の形が始まっている。


今回の旅では、いたるところに防潮堤を見かけた。これを傷跡と見るか、再生と見るか。防潮堤とは、津波から市街地を守るための、いわゆる防壁だ。震災以降、福島、宮城、岩手でつぎつぎと建設され、総延長は約300km。
コンクリートの壁、とでもいう防潮堤が多い中、大島の防潮堤は個性的だ。緑の防潮堤なのだ。パッと見ただけでは、ちょっとした丘にしかみえない。植物たちも徐々にその高さを伸ばしている。
「大切な浜にコンクリートの建築物なんて、という地元の人の意見が多かったので、こうした形になったんです」と熊谷さんが教えてくれた。
自然と馴染む防潮堤は、海を大切に思う住民の心の声が聞こえてくるようだ。復興とは元に戻すことではなく、その土地らしい未来を創ることなのだ。
絶景をポイントで巡るのではなく、歩くことで見えてくる、目立たないが、大切なことが、このトレイルにはたくさんある。

「歩くこと自体が目的になるトレイルを目指しました」と相澤さんが言う。
自然歩道率が低いという意見もあるかもしれない。しかしトレイルの価値は、歩く地面の種類で決まるものではない。
歴史、文化、食、人の営み。
それらに触れることもまた歩き旅の醍醐味だ。
そこからどんな景色を見出すかは旅人の技量にかかっている。


そこから先は海岸線を歩いていく。
「岬をまわるごとに風景が変化していきますね。地図を見ると、なになに浜、という場所が散見されますが、これは?」と森がガイドの熊谷さんに訊ねる。
「小さな浜にも名前が付いているということは、それだけ地元の暮らしにとって重要だったんでしょう。小さな島にもさまざまな逸話が残っています。このあたりの人たちがいかに海と共に生き、大切にしていたかが伝わりますよね」
歩くことでそうした細やかな魅力をなぞって行く。
「日本に、こんなところがあったのか、という景色、暮らし、そして人情が一番あるのはみちのく潮風トレイル」と長谷川さん。数々のトレイルを歩いてきた長谷川さんが言うのだから間違いない。
龍宮伝説が残るという龍舞で出会ったイングランドから来たというハイカーは、相馬からスルーハイクの途中でいま11日目だという。気さくに話しかける森は、すっかり仲間としてのハイカーの立ち振る舞いだ。


旅人としての森には、このトレイルはどう映ったのか。
「私が普段好んでやっている登山と違って、“山頂”という明確な目的地があるわけではないところに自由さを感じます。自分の目線次第で歩き方や見えるものが大きく変わってくる。次は自分なりの道を、自分のペースでじっくり歩いてみたくなりました」と、森がここ数日ですっかり日焼けした顔をほころばせる。
故・加藤則芳氏が生み、みんなが育てたみちのく潮風トレイルは、震災の記憶と土地の今を、国境や世代を超えて繋いでいく。
森と別れた後、そのまま女川から100kmほど北上する調査に行くという相澤さん、長谷川さんに同行させてもらう。人、風景。いくつもの出会いを繰り返していく。
すれ違う時に気さくに話してくれるお年寄り。
歩きで? と声をかけてくれた商店主。
ハイカーのために歩道の草刈りをしてくれている年配の男性。
震災で奥さまを亡くされたという民泊のご主人。
自分の畑を開放してテントを張れるようにしてくれた農家さん。
長谷川さんの勧めでトレイルエンジェルの家にも泊めてもらった。
なるほど、こういうことかと腑に落ちる。
全1000kmには程遠いけれど、今回の旅だけでも発見や出会いは数え切れない。
「ハイカーが運ぶ縁というものを感じます。ハイカーが交流することでサポートしてくれるようになった地元の方も多いですし、みんなで育ててきたトレイルだと思っています」という相澤さんの言葉を思い出す。
受け入れる地元住人と、そこを通り過ぎていく旅人。
旅人は、土地の魅力を外の世界へ運ぶメッセンジャーになる。
地元の人は、旅人のまなざしによって、自分たちの暮らす場所の価値を再発見する。
互恵で成り立つロングトレイルだ。
ロングトレイルが繋ぐのは道だけではない。
人、集落、そして記憶という点を結び、ひとつの物語を編み上げていく。トレイルという1本の線が、やがて地域全体を包む面になっていく。みちのく潮風トレイルは、そんな可能性を確かに示している。


